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叙勲の栄誉、家族と喜ぶ=菊地、城田、ヒサノ3氏=在聖総領事「日系社会のお手本」

(左から)城田氏、菊地氏、野口総領事、ヒサノ氏

(左から)城田氏、菊地氏、野口総領事、ヒサノ氏

 【既報関連】平成29年度秋の叙勲伝達祝賀式が7日午後3時から、在聖総領事公邸で行われた。旭日章及び瑞宝章を合わせた4103人の受章者のうち、ブラジルからは9人が受章。在聖総領事館管内からは旭日双光章に菊地義治氏(岩手、77)、城田志津子氏(北海道、80)、旭日単光章にフェルナンド・ヒサノ氏(二世、68)の3氏が栄誉に浴した。午後7時半からは聖市文協でも祝賀会が催され、家族や関係者らとともに喜びを分かちあった。

 菊地氏は、元ブラジル日本都道府県人会連合会副会長として日本祭の礎を築き、サンパウロ日伯援護協会では会長など要職を歴任。日伯友好病院の経営安定で手腕をふるい、自閉症児療育学級の創設など福祉向上に貢献した。
 菊地氏は「家の仕事を一生懸命にしたことはなかった。この50年間、ボランティアばかりをして家族にも迷惑をかけた」と半生を振返る。移民110周年祭典委員会の委員長でもある菊地氏は、「今日があるのは一重に先駆者、日系社会を築いてこられた皆様のお陰。私の力は微々たるもの。本当に感謝、感謝です」と謝意を滲ませた。
 南麻州ドウラードスから出席した城田氏は、同地の日本語モデル校設立に携わり、伯中西部の中核をなす拠点に育て上げ、いまも名誉校長を務める。ブラジル日本語センターの教科書編集委員会メンバーとして、初級及び中級者向け教科書編集に携わると共に、評議員として日本語教育水準の向上にも貢献した。
 生徒の能力水準の多層化により一斉授業が困難となるなどの転換期において日語教育に没頭してきた。城田氏は「命を賭して日本語を守ってきた人々、それを伝え陰で支えてきた多くの先人がいた。先輩移住者のお陰で戦後移住者は日本文化の価値に気づかされた」とその遺徳を偲んだ。
 元ブラジルヤクルト営業取締役のヒサノ氏は、設立間もないブラジルヤクルト商工(株)に69年に入社。当時は一般的ではなかった主婦層の社会進出を促し、ヤクルト・レディという日本独自の販売体制の普及定着に尽力。同社製品の普及により、伯国社会の健康増進や対日イメージ向上等に貢献した。
 「旧日本帝国軍人の厳しい父のもとに生まれ育ち、二世であることは大いなる誇りだった」と語り、同社製品の普及の裏話に触れながら、「日本企業ヤクルトの看板を背負って働いてきたからこそ、体は小さくとも気が引けることはなかった」と半生を振返った。
 野口総領事は「今日に至るまでには言い表せない幾多の困難があったのでは。並々ならぬ努力や誠実な姿は日系社会のお手本」と称え、三氏に勲章、勲記を伝達した。


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 「もともと私は崩れた日本語を使うような人間だったのよ」とくすりと笑う城田さん。戦後56年にドウラードスに入植した。敬語がきちんと使われるなど、コロニアの執拗なまでの日本語へのこだわりに驚いた。来伯して3カ月足らずで地域の演芸会で日本舞踊を披露。それがきかっけとなって、子供達に舞踊を教えて欲しいとせがまれたことから、日語教師への道が開けた。「自然のなかで育まれた感性豊かな日本語。それを教える意義を教えてくれたのがコロニアだった」としみじみと語り、「日本語を通じて教養豊かな人材が育ち、世界で羽ばたくこと思いながら、命ある限り一歩一歩前に進んでいきたい」と教育に込めた思いを語った。

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