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どこから来たの=大門千夏=(23)

「あんた達はみんなうちのお客さんよ。ちゃんと払ったんだもの、すごい事だね」と言うと、頬を緩め穏やかな目をして「チアありがとう」とお礼まで言ってくれた。
 どこにでもいるごく普通の男の子達なのだ。思わず昔、祖母が「良い子だねえ」と言ってしてくれたように頭を撫でてあげたい衝動にかられた。
 何かの理由で家を飛び出してきた子供達。きっとまだ麻薬に手を付けていない連中だったのだろう。
 それにしても落伍してゆく子供たちをちゃんと教育、指導してあげたら、人生を真面目に歩いて行く方法を見つける事ができるのではないだろうか。彼らだって人間らしく扱われたいと願っているはずだ。
 それから一週間後、男の子等は忽然とみんないなくなった。きっと警察の手入れがあったにちがいない。
 そして彼らがいた場所にはもう浮浪者が寝泊まりできないように、その日の内に頑丈な金網が張られた。   (二〇一四年)


ブラジルびっくり

1 黄色いスープ

――五〇年前、ブラジルに着いたときの思い出。
目が覚めた。ベットの中にいる、が、今までと何だか様子が違う…思い出した。昨日朝早くサントス市の埠頭にボイスベン号は横着けになった。日本を出て六〇日ぶり。それから一日中、今まで経験したこともない「入国審査」とか「荷物の税関検査」とかがあった。係員の皮膚の色がいろいろで、なるほどここはブラジルなんだと改めて感じた。そして、ああそうだった、ゆうべ遅くサンパウロ市に着いたのだった。
 今、私は渡辺さんという私を引き受けてくださる人の家にいる。…やっと頭がさえてきた。ここはサンパウロ市。そうだ、来たのだ。やっと来た。
 そんなことより何時だろうか、何もわからない。家の中はしんと静まっていて半開きの窓にかかっている白いカーテンが泳いでいる。
 窓からこぼれてくる光はま昼のように明るい。日本の昼間の太陽の光は白っぽい。しかしここの光は明るいみかん色をしている。
 ベットから起きあがった。部屋にはもう一つベットがあって誰もいない。家族全員仕事に行ったのだろう。寝室から出てみた。狭い廊下があって、その突き当りの戸が半開きになっている。入ってみた。台所だ。その奥に洗濯場が見える。
 おなかがすいた。何かないかしら、テーブルの上にはパンはない、ごはん…もなさそうだ。出かける前にこの家では誰も何にも食べないのかしら。かといって冷蔵庫を開けるのはさすがに抵抗がある。ガラス戸棚があるが中には食器しか見えない。
 ガスレンジの上に大きな鍋が乗っている。あ、そうだ、この中にスープがあるに違いない。朝、出かける前にみんなスープを飲むのがこの国の習慣なのかしら。
 近寄って大きな鍋の蓋を両手で持ちあげた。覗き込んだ。
 黄色でしわしわとしわのある…ぬめぬめと光っている。何のスープ?
 ギャー鶏の足だ。あわてて飛びのいた。指の先に白っぽい爪がついていたのをこの目ではっきり見た。生まれて初めてこんな残酷なものを見てしまった。

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