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日本人ブラジル移住110周年に当たって思うこと=熊本県在住ブラジル研究者 田所清克(たどころ きよかつ)

ブラジルを代表する文学者ジョルジェ アマードさんと田所さん(本人提供)

ブラジルを代表する文学者ジョルジェ アマードさんと田所さん(本人提供)

 1908年4月28日、神戸港から笠戸丸に乗船した日本人移民がコーヒーの積出港に着岸して、今年で110年を迎える。そのこともあって、ブラジルではむろん、日本でもこれにちなんだ諸々の行事が予定されている。
 ところで、ブラジルに関する地域研究も従来からすれば、格段の進歩を遂げている。が、こと移民研究ともなれば、日本におけるそれは、後退している印象すら覚える。
 ブラジルについて知りたいとの思いでポルトガル語を学ぶ学生さんが増えていることはまことに結構なことであるが、ブラジルにおける日本移民や日本人移民社会に関心を抱き、研究の対象とする学徒が少ないのはすこぶる残念である。
 数年前まで筆者は、神戸日伯協会(旧移住センター)の理事をしつつ、移民研究を促すために、学生さんを引率してセンターを訪ねては、移民研究の第一人者の黒田さまなど協会の関係者の皆様と意見交換する機会を可能な限りもうけたものだ。
 ともあれ、ブラジル移民研究は今や、ある意味で、転換点にきているようにも思える。とは言え、ここで今一度、移民の歴史を振り返り、ポルトガル移民、イタリア移民史、ドイツ移民などとの連関において、国境を超えた人の空間移動について、グローバルな視点から再考する必要もあろう。
 こと日本移民についてはいくつかの好個の必読文献がある。例えば、ニッケイ新聞編集長、深沢正雪氏の手になる、日本デカセギ事情を論じたノンフィクション受賞作の『パラレル・ワールド』(潮出版)や『「勝ち組」異聞: ブラジル日系移民の戦後70年』(無明舍出版)、さらには、中田みちよ、高山儀子共著『ブラジル日本移民の女性史』などがその一例だろう。
 わけても、深沢氏の後者の著作は、以前にもこのフェースブックで紹介したが、狂信的なテロリストとまで見なされていた勝ち組に焦点を合わせて、これまであまり論じられなかった独創的な視座から、ジャーナリストとしての地道な取材と、膨大な歴史史料を渉猟しながら、実証的な手法で、移民とは、さらには、ナショナリズムとは何かを究極的に論じた、秀逸の、一等地を抜く著書である。僕のように病的なまでにブラジルが大好きな学生さんには読んで欲しい一冊だ。
 いずれにせよ、ブラジルの日本移民関連では、ブラジル社会における日系人の立場、各県人会の有り様、日系人の食文化、ブラジル文学に描かれた日本移民など、研究テーマには事欠かない。
 また他方においては、他の民族集団との関係(史)、民族的アイデンティティーとナショナル・アイデンティティーの視座からの、同化と統合の問題など、興味深いテーマがあまたある。
 ちなみに、前述のブラジルの県人会については、桜井悌司先生のまとめられた、県別移民数を含めた、県人会に関する優れたリポートがある。先生のご厚意で手にすることのでき筆者には大いに参考になり勉強になった。願わくば、学生さんにはこの方面の研究も手掛けて欲しい。その意味において、同リポートは必見の価値がある。
 翻って、毎回のように大浦智子さんは「ピンドラーマ」に各国移民の実情について書かれている。ブラジルの民族集団の問題に日頃、関心を持っている者として、彼女の論考から学ぶべき点は少なくない。
 何故なら、日本移民と比較考察する上でも黙過し得ない内容のものになっているからだ。そういえば、大浦智子さんと小生は、数年前にサンパウロの韓国移民の実情について調べたことがある。そのために私たちは彼らの共同体社会に出向き、関係者にインタビューもした。その際に得られた知見と成果の一端は、「ブラジルの韓国移民社会に関する実態報告」(京都外国語大学 Anais)のかたちとなって公表されている。

有名なブラジル文学研究者のアントーニオ カンジドさんと田所さん(本人提供)

有名なブラジル文学研究者のアントーニオ カンジドさんと田所さん(本人提供)

 今夏、具体的には8月の23日から、ブラジルに出向く。実に56回目となる。おそらく最後の旅行となるが、ブラジルの現状をじっくり観察して脳裏に焼き付けたいと思っている。
 サンパウロに着いた翌日は、大浦さんの計らいで、サンパウロ駐在のご婦人を対象に「脱植民地化の歴史としてのブラジル文化」なる演題で講演することになっている。自分の専門領域の話なので、今から楽しみにしている。
 そして、それ以降は大好きなパンタナルでの生活。神戸日伯協会からも紀行文の執筆を依頼されている。私なりのこの大湿原のダイオームの印象を綴りたいと思っている。
 最後に、ブラジルに関心のある学生諸君、まずは日本移民について知見を広めながら、この国を全体的に学ぼうではありませんか。

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