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プロミッソン=上塚周平植民地百周年祝う=眞子さま、移民の故郷へ=ノロエステ沿線から異例の2万人=「次世代継承への動機づけに」

光明観音堂に献花される眞子さま

光明観音堂に献花される眞子さま

 【プロミッソン発=大澤航平記者】眞子さまは22日、〃移民の故郷〃ノロエステ沿線のプロミッソンを訪問され、「上塚周平植民地入植百周年式典」に臨まれた。ノロエステへの皇族ご訪問は、1958年の三笠宮同妃両殿下以来、実に60年ぶり。皇族としては初めてプロミッソンの地を踏まれた。祭典には同地出身者やノロエステ沿線各地から〃異例〃の約2万人の訪問客が押し寄せ、地域一丸となった熱烈な歓迎に、眞子さまは励ましのお言葉を述べられた。

 午後6時20分頃、夕日が沈み、赤提燈が暗闇を幻想的に灯すなか、眞子さまが到着された。数千の日伯国旗が小波のように翻り大歓声で迎えられるなか、水色の清楚なスーツを着た眞子さまは、手を振りながら、上塚周平広場にゆっくりと歩みを進められた。
 上塚周平の〃墓守り〃と呼ばれる安永一門の長老・忠邦さん(97、二世)から白菊の花束を受け取ると、眞子さまは上塚周平翁ならびに開拓先没者慰霊之碑が納められる「光明観音堂」に献花され、深々と頭を下げて祈りを捧げられた。
 現地の前田ファビオ実行委員長、アルトゥール・マノエウ・ノゲイラ・フランコ市長に出迎えられた眞子さまは、同市出身の建築家ノズ・セルジオ氏により設計された入植百周年記念塔の除幕式に臨まれた。
 上塚周平運動場に特設された式典会場では、連合傘下25団体が整列し、眞子さまをお出迎えした。日伯両国歌斉唱の後、連盟傘下の各団体が紹介され、伯陸軍の行進を閲兵された。
 眞子さまは「ノロエステ地方は日本人移住者が自ら土地を購入して開拓を進めた植民地としては初期の場所です」とお話になり、「この会場では朝から様々な日本文化を紹介する催しが繰り広げられていると伺っております。皆様がブラジル社会にしっかりと根を下しつつ、両国の懸け橋となりブラジル社会で広く受入れられていることを、誠に喜ばしく思います」と励ましのお言葉をかけられた。
 前田ファビオ実行委員長は「この広場は移民の歴史が交錯する場所。入植者は週末になるとここに集まり、郷里や日本にいる家族、友人への郷愁を癒し、前進する意志を新たにした。だからこそ、この節目に、未来に向かって歩み出すためにここを選んだのです」と宣言した。
 プロミッソンでは眞子さまをご招待するため、いち早く市と合同で実行委員会が発足した。勝ち負け抗争が複雑に絡んで分かれていた二団体が、手を携えて大祭典の準備に当たってきた。市人口が3万8千人弱であることを踏まえると、人口の半分が祭典に参加した計算になる。まさに前代未聞の一大事業だ。
 前田実行委員長は「眞子さまのご臨席は、次世代の日系社会への新たな動機付けとなります。これをきかっけにノロエステ日系社会を活性化させ、益々の両国関係の強化に繋げていきたい」と熱い思いを語った。
 マノエル市長は「これは私の任期において最大の事業。だが、どんな大きな催しも、日系人の伯国とプロミッソンへの貢献に匹敵するものではない。ここは上塚周平翁の指導のもと入植した日本移民の到着により、ご加護を受けたのである」と惜しみない賛辞を送った。
 会場が超満員となり熱気を帯びるなか、SMAPの名曲「世界に一つだけの花」をコーラスが合唱。眞子さまがご退場されると、怒涛のような歓喜と拍手が場内を揺るがせ最高潮に。最後は、連合主催の盆踊り大会が開始され、日系社会を今日まで紡いできた先祖を偲び、夜更けるまで踊り明かした。


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 プロミッソン在住の山本英穂さん(91、岡山県)は、「前田会長が実行委員長となり、若い人が中心となり、時代に則したかたちで経験者が支えてきた。今回の祭典は一つの世代交代。自分達の世代はもうすぐに終わる」と語り、「長年分かれてきた2団体も、これをきっかけに一緒になって欲しい」と期待を語った。前田会長によれば「眞子さまをお迎えして大祭典を開催すべく、分け隔てなく力を合わせて準備してきた。まだ百周年記念祭典は年末まで続く。記念誌の発行も控えている」といい、統合の具体的な道筋はついていない。「2つの団体があるということさえ忘れるまでに、共に働いていく必要がある」と語り、来年にも具体的な統合案が議論される見通しだ。

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