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翁長知事急逝=「まさに県民の誇りだった」=祝典のさなか、沖縄県系社会に動揺

翁長知事のフェイスブックより

翁長知事のフェイスブックより

 「まさに県民の誇りだった。突然の訃報に本当にびっくり。何とも言いようもない無念な気持ちだ…」と宮城あきらさん(80、本部町)=サントアンドレ在住=は声を詰まらせた。

 米軍普天間飛行場の辺野古への移転反対運動の急先鋒に立っていた沖縄県の翁長雄志知事は8日、膵がんのため67歳で亡くなった。

 今月3、4、5日に行なわれた「ブラジル沖縄県移民110周年記念祝典」という数年がかりで準備されてきた晴れの場では、病床に臥していた翁長知事の祝辞が副知事によって代読されたばかり。祝福ムード真っ只中での訃報に、冒頭にある宮城さんのコメントのように沖縄県系社会にも動揺が広がっている。

 翁長知事は県議会議員として1998年の移民90周年に出席以来、過去4度に渡って来伯し、沖縄とブラジル沖縄県系社会の友好親善の強化に取り組んできた。

 今記念祝典ではバンデイランテス宮でマルシオ・フランサ聖州知事より、聖州最高勲章が授与されていた。フランサ知事は97年から05年まで那覇市と姉妹都市関係にあるサンビセンテ市長を務め、翁長知事も00年から14年まで那覇市長を歴任していた。

 今回、沖縄県庁から移住功労者表彰を受けていた宮城さんは「沖縄県民の民意を無視して進められる基地問題に対し、中央政府に真っ向から立ち向かっていった人。基地問題に立ち向かうのは大変なことだったはず。県民のために体を張って尽くした翁長知事に敬意を表したい」と功績を称え、哀悼の意を述べた。

 ブラジル沖縄県人会(島袋栄喜会長)は書面で、「残念この上ない思い。翁長知事より親愛の情厚い祝辞を頂いた矢先であり、喜びの中の悲しみとなり、無念の思いで一杯です。基地問題など厳しい局面の中で、苦労の連続であったはず。私たちは、氏の志を受け継ぎ、ブラジルのウチナーンチュ、そして世界のウチナーンチュの団結のために微力ながら尽くします。どうぞ安らかな旅立ちでありますように、遥かブラジルの地からご冥福を祈り、哀悼の誠を捧げます」とコメントを発表した。

 

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 知事選出馬前の2013年、翁長市長(当時)はサンビセンテ市姉妹都市提携35周年で来伯していた。その時、講演会に参加した際、宮城さんは「戦後早くに移民してきた在外県系人にとって当時、基地経済依存についてはよく理解できていなかった。だが翁長さんは『経済依存は5%に過ぎない』と理論的な根拠をもとにしっかりと説明された。口先だけでない立派な方だと感銘を受けたのを、今でも鮮明に覚えている」という。貢献大の現職知事が、節目の大祭典の期間になくなるという事態は、かつてないもの。県系人の皆さんには〃弔い合戦〃として、今年一杯続く祝典をより盛り上げて欲しいところ。

 

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