ホーム | 文芸 | 連載小説 | 私のシベリア抑留記=谷口 範之 | 自分史=私のシベリア抑留記=谷口 範之=(52)

自分史=私のシベリア抑留記=谷口 範之=(52)

  三、収容所(日本窒素K・Kの社宅街)

 間もなく有刺鉄線を張り巡らした収容所に着いた。監視塔は見当たらない。周囲は山で囲まれている。日暮れてきた。日本窒素の社宅街を収容所にしているという。
「社宅は満杯だから、適当に寝場所を探してくれ」
 と、触れがきた。
 この頃になると階級意識はすっかりなくなり××君とか××さん、等と呼び合っていた。
 モルドイ村のラーゲリを出発する際、五〇名位ぐらいだった戦友は、いつの間にか半滅していた。ノーバヤで残留させられたものや、ここへ来るまでになくなったものがいて減ったのだ。
 防空壕用に掘った屋根のない壕を見つけて入り、土壁にもたれた。山峡の狭い空一面に星が瞬いている。
 去年八月一八日の払暁総攻撃に出撃する直前の夜空も、星が瞬いていた。星に手が届くのではないかと思うほど、満天に輝いていた。あれからもう直ぐに一年が来る。
 近くで川が流れているらしく、せせらぎが聞こえる。
「風流だな」
「腹が減ってたまらん。何でもいいから食いたい」
 屋根のない防空壕で、風流と食い気が同居していた。昨日と今日で丸二日食っていないのだ。ノーバヤからポセットまでの移動中は、一日二回薄粥が死なない程度に支給された。それ以外の短い移動では、一〇〇%欠食を強いられている。
 微睡んでいるうちに、宿舎代わりの壕は、濃く薄く流れる霧にすっぽり包まれていた。
 夜明けには、体に巻いた毛布が、ジットリ湿っていた。壕を出て、せせらぎの方を見た。一〇mほど先に、幅三mの清流が、岩の間を流れている。流れに頭をつっこみ、垢だらけの髪を指でごしごし擦り、顔を洗った。頭をあげ犬猫のように、頭を左右に振ってしずくを飛ばす。口中に指を入れて歯を擦り、嗽もした。一年振りの朝の洗顔であった。
 山峡に立ち込めた霧が、次第に薄れ太陽が現れた。収容所内の社宅数は、想像以上に多いようである。

  四、収容所の一日

 飯上げ、の声がした。当番が全員の飯盒をさげて行く。帰ってきた当番から飯盒を受け取って中を覗くと、米の半粥が三分の一ぐらい揺れていた。
 私達がモルドイ村を出る時、東さんも保坂さんも一緒ではなかった。なのに北朝鮮の清津に上陸した頃は、同じグループになっていた。東さんは二八歳、支那戦線で何かあったらしく、上等兵に降格されて私たちの機関銃中隊の同じ内務班に転属してきた。班長も乙幹伍長も、彼には一目置いていた。私たち目下のものには、絶対に威張ることはなかったが、班長なんか、そこにいるかと言った感じで、自分のやりたいように振舞っていた。
 不思議だったのは重機関銃の中隊演習で、彼の姿を見かけたことは一度もなかったことであった。食事時、班長が箸を取って食べ始めて、部下の班員は、いただきます、といって箸を握るのであるが、彼は寝台にあぐらをかいて班長にお構いなく食べていた。

image_print

こちらの記事もどうぞ