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平成最後のお誕生日のお言葉を拝す=「外国人を一員として温かく迎えよう」=聖市ヴィラ・カロン在住 毛利律子

2009年(平成21年)7月15日、ハワイ州ホノルル市にて(Official U.S. Marine Corps photo by Lance Cpl. Achilles Tsantarliotis [Public domain], via Wikimedia Commons)

2009年(平成21年)7月15日、ハワイ州ホノルル市にて(Official U.S. Marine Corps photo by Lance Cpl. Achilles Tsantarliotis [Public domain], via Wikimedia Commons)

 今年は来る4月30日に今上天皇が退位なされ、皇太子殿下が新天皇として即位なされる。「平成」という元号は今年平成31年で終わり、新天皇の元号による新しい時代が3か月後から始まることになる。
 日本では、「平成を振り返る」という趣旨の特集記事やテレビなどの報道番組などが連日にぎわっている。特に昨年暮れ、ニュース番組で報道された天皇陛下の最期のお誕生日でのお言葉は、万感の思いをもって拝聴した。
 新憲法第一条「象徴天皇」にあるように、「日の丸が國をあらわし、学校の記章がその学校をあらわす。天皇陛下は、日本の國をあらわされるお方(要約)」(『あたらしい憲法のはなし』(日本平和委員会、1972(昭和47)年11月3日初版発行)と明文化されている。
 池上彰氏は、「現在の天皇陛下は、即位されてから現在まで、ずっと象徴天皇のあり方を考えて、天皇のお務めを果たされてきました。おそらく日本で誰よりも、天皇陛下が「象徴」の意味を考えてこられたに違いありません。」と述べている。
 ニュース報道では一部分だけだったので、後日、改めて、宮内庁が発信した全文を繰り返し拝読した。僭越ながら、ここで一部を掲載させていただく。

▼戦争と災害

 陛下は、現在の日本国は、「先の大戦で多くの人命が失われ,また、我が国の戦後の平和と繁栄が、このような多くの犠牲と国民のたゆみない努力によって築かれたものであることを忘れず、戦後生まれの人々にもこのことを正しく伝えていくことが大切であると思ってきました」。
 特に、「沖縄の人々が耐え続けた犠牲に心を寄せていくとの私どもの思いは、これからも変わることはありません」とお述べになられている。
 近年、国内では度重なる大きな災害が毎年のように起きている。そのことに深くお心を痛めつつ、被災者へのお見舞いを続けられておられるが、「人々の間にボランティア活動を始め様々な助け合いの気持ちが育まれ、防災に対する意識と対応が高まってきたことには勇気付けられます。また、災害が発生した時に規律正しく対応する人々の姿には、いつも心を打たれています」と、困難時に助け合う人々を称え、またスポーツでは、「パラリンピックを始め、国内で毎年行われる全国障害者スポーツ大会を、皆が楽しんでいることを感慨深く思います」と仰せである。

▼移民と外国人労働者

 次のお言葉は、人手不足で外国人労働者を受け入れ始めた日本人が、特に心に留めなければならない事として拝したい。
「今年、我が国から海外への移住が始まって150年を迎えました。この間、多くの日本人は、赴いた地の人々の助けを受けながら努力を重ね、その社会の一員として活躍するようになりました。こうした日系の人たちの努力を思いながら、各国を訪れた際には、できる限り会う機会を持ってきました。そして近年、多くの外国人が我が国で働くようになりました。私どもがフィリピンやベトナムを訪問した際も、将来日本で職業に就くことを目指してその準備に励んでいる人たちと会いました。日系の人たちが各国で助けを受けながら、それぞれの社会の一員として活躍していることに思いを致しつつ、各国から我が国に来て仕事をする人々を、社会の一員として私ども皆が温かく迎えることができるよう願っています。また、外国からの訪問者も年々増えています。この訪問者が我が国を自らの目で見て理解を深め、各国との親善友好関係が進むことを願っています」
 何処の国の人でも、自国優越主義であることは当然である。だが、日本人は安直に外国人を嫌う傾向が強い国民と指摘されることがある。
 現在、最も人手不足で困っている老人ホームなどでも、アジアからの介護スタッフに対するパワハラやセクハラ、過剰に威圧的な態度や労働時間と給与のアンバランスなどが問題となっている。それは一刻も早く解決されなければならない。
 あるところで、外国人介護スタッフが最も悲しく思う話を聞いた。それは、「入居者のお世話をしているときに、自分が外国人だと分かると途端に嫌な顔つきになり、言うことを聞かず、乱暴な言動をするようになる」ということだった。
 挙句の果て、お世話するスタッフを替えて欲しいと言い出す。食べ物を吐き出す、といったわがままをし始める。何を以ってそんなに外国人を警戒するのか。日本人なら100%安心というのか。この話を聞いて、日本人の狭量さが恥ずかしくなった。
 天皇陛下のこのお言葉を、私たちはよくよく肝に銘じなければならないと感じている。
 以上のように、昨年12月の天皇ご誕生日は、陛下のお言葉を拝しつつ、自分の昭和から平成の人生をも重ね合わせて、感慨深く年を越した。

▼西暦と元号の違い

 外国人に日本の文化や歴史について説明するとき、難しいことの一つは、年号の数え方が「西暦と和暦(日本独自の元号)である。大学の比較文化論の講義でも、時間を割いて学生にこのことを確認した。
 即ち、日本という国には「天皇」がおわしまして、最初の元号は孝徳天皇の「大化」であり、それは西暦でいうと645年となる。現在まで連続するのは「大宝(文武天皇・西暦701年)」からであるが、明治に至るまでは、不吉なことが起きたり、天災や病が流行するなどの理由で度々改元された。
 西暦と和暦の対比一覧を見ると、頻繁に元号が変わったり、新天皇が即位しても、改元しなかったり、日を置いて改元した場合など、定まっていなかった。そして、慶応から明治への改元と同時に、明治以降は「一世一元」、すなわち、一人の天皇の即位から退位までは一つだけの元号を使うという制度を、現在の日本は維持している。
 西暦は、キリスト紀元ともいう。キリスト教でイエス・キリストが生まれたとされる年の翌年を元年(紀元)とした紀年法で、ラテン文字表記はヨーロッパ各国で異なるが、日本語や英語圏では、ラテン語の「A.D.」又は「AD」が使われる。A.D.またADとは「アンノドミニ (Anno Domini)」の略であり、「主(イエス・キリスト)の年に」という意味で、西欧諸国が世界各地で進めた植民活動などによって伝わった結果、現在において世界で最も広く使われている紀年法となっている。
 ポルトガル語では西暦がA era crista, 紀元後annus Domini(a.D.):ano do Senhor e d.C. と表記され、紀元前はantes de Cristo(a.C.)である。
 今年は西暦の2019年で平成31年。平成の元号は4月30日までとなり、5月1日からは現皇太子が天皇に即位して新しい時代が始まることになる。
【参考文献】
『あたらしい憲法のはなし』(日本平和委員会 1972(昭和47)年11月3日初版発行
www.msn.com/ja-jp/money/career池上彰が説く「天皇と皇室について知る意味」

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