ホーム | 連載 | 2019年 | 『百年の水流』開発前線編 第四部=ドラマの町バストス=外山 脩 | 『百年の水流』開発前線編 第四部=ドラマの町バストス=外山 脩=(16)

『百年の水流』開発前線編 第四部=ドラマの町バストス=外山 脩=(16)

 溝部事件――今なお真相は不明――。
 そして3月7日夜、殺気は現実のモノとなった。溝部幾太が自宅の裏庭で射殺されたのである。
 それから69年後の2015年、筆者は溝部の娘さん二人に会った。娘さん…といってもお婆さんになってサンパウロ市内に住んでいたが、そのお姉さんの方の話によると――。
 溝部が撃たれた時、彼女は家の中に居て異変を感じ、様子を見に裏庭に出た。すると父親がポルタの外側の横の壁の処に倒れていた。「お父さん!」と叫んだ。
 このほか、二人から種々の話を聞いた後、筆者はバストスに行き、現場を訪れた。当時のものだという母屋は使用しておらず、ガラクタで埋まっていた。小さな裏庭の奥には高い塀があり、それに向かって左側は建物の壁だった。かなり古い感じで、これも当時のものの様に思えた。
 右側には小さな家と空地があり、小道がついていた。小道を歩いて行くと直ぐ街路へ出た。(この小道が事件時もあったとすれば、狙撃者はここから入って来たのではないか)と推定した。
 ところで、その狙撃者と動機ついては、諸説が存在する。内一つは「狙撃者は臣道聯盟員の山本悟で、その祖国必勝の信念によって、敗戦を宣伝する溝部に天誅を加えた」というものである。山本は事件の翌年「自分がヤッた」と自首しているから、実際、狙撃者であった確率は高い。ただ、何故か動機を詳しく語っていない。それと、彼は臣道聯盟には属してはいなかった。
 この他、容疑者として別の何人かを上げている資料もある。これは臣道聯盟の関与を匂わせている。さらに次の様な説もある。「狙撃者は(山本悟ではなく)バストス産組の職員で、溝部によって解雇された男。
 当時、組合は戦時中にやった大型蚕種製造所の建設が終戦で裏目に出、破産に瀕していた。ために溝部は、職員の馘首や組合員に対する債権の厳しい取り立てを始めていた。しかし蚕種製造所の建設は、溝部がやったもので、まず自分が責任をとるべきだ――という声が内部に強かった。
 溝部は、それを無視し職員5人を解雇した。すると、これに抗議して11人の同僚が辞表を出し、その動きは女性職員にも広まろうとした。
 対して、溝部は強硬姿勢を崩さなかった。その上、サンパウロ出張の折、料亭で使った金を経費として落とそうとした。ために馘首された職員の一人が溝部を撃った。彼は後に『自分が溝部をヤッた』と友人に告白した。馘になった上、健康を害しており、精神的におかしくなっていた」
 この他、筆者は溝部の娘さん二人から、次の様な新説も聞いた。「5、6年前、山本悟の娘という中年の婦人が訪ねてきて『父は、誰かからお金を貰って溝部さんを撃った。本当に申し訳ない。お詫びします』と話していた」
 この「誰かからお金を貰って」の部分が新説である。
 ただ、その婦人は詳しいことは何も話さなかったという。筆者は、婦人の電話番号を溝部姉妹から聞き、後でかけてみたが、何度かけても不通であった。住所は不明だった。
 山本悟の結婚は、事件のずっと後であり、その娘だというこの婦人の話は、裏付け材料がないため鵜呑みにするわけにはいかない。が、否定材料もない。
 こういう具合で、溝部事件は今なお真相は不明である。気になるのは、襲撃の動機が戦勝・敗戦問題とは関係なかった可能性があることだ。真相を明らかにしてくれる新材料の発見が待たれる。
 なお、ここで付記しておきたいことがある。溝部幾太の日本での経歴であるが――。
 筆者は『百年の水流』改訂版で溝部を「山口県人。郷里で30歳で村長になり、日本一若い村長と評判になった」と書いた。これは『皇紀二千六百年記念 在伯同胞発展録』という書物から引用したものである。
 また、山口県人会出版の『移り来て五十年』303頁には「(溝部は)二十代から村長として長く村政に…」とある。この本の編集者は溝部義雄で、幾太の弟である。
 ところが『バストス二十五年史』では「長く助役として…」となっている。
 さらに移民百周年(2008年)前後、共同通信の記者としてリオに駐在していた名波正晴氏が、帰国後に調査をし、筆者に送ってくれた溝部の出生地=山口県宇津賀村=に関する公的資料には「大正十三年六月、助役に選任された。郷党とともにブラジル移民を決意、昭和二年九月辞職、家族十人とともに同月二十二日ハワイ丸にて…(略)」と記されている。
 つまり、狙撃者や動機だけでなく、日本での経歴についても複数の説があるわけだ。(つづく)

image_print

こちらの記事もどうぞ

  • 《サンパウロ市》対面授業再開で感染悪化=116校で感染者や死者確認2021年3月5日 《サンパウロ市》対面授業再開で感染悪化=116校で感染者や死者確認  新型コロナ感染症による入院患者が新記録を更新し、集中治療室(UTI)占有率が高まる中、サンパウロ市の公立校教師達が対面授業の中止を求めている。  サンパウロ市公務員組合(Sindsep)によると、2月15日の対面授業再開以来、116校で生徒や教職員計335人が感染し […]
  • 《ブラジル》コロナ死者1910人/日で悲しい新記録=新規感染者は全世界の25%も2021年3月5日 《ブラジル》コロナ死者1910人/日で悲しい新記録=新規感染者は全世界の25%も  新型コロナは感染拡大が進み、3日は1日の死者が1910人(保健省統計)にまで増加した。新規感染者は保健省統計で7万1704人という多さで、米国を上回る世界1位だったと3~4日付現地紙、サイトが報じた。  保健省による3日現在の死者累計は25万9271人で、7日間の平 […]
  • 東西南北2021年3月5日 東西南北  6日午前0時より、サンパウロ州全域でコロナウイルスの外出規制が最低の赤レベルとなる。これで必要最低限の商業活動のみしかできなくなった。このところ連日のように、「死者、感染者が過去最大」と報じられているにも関わらず、街に繰り出してイベントやパーティをやっていた人たちの自覚を促す […]
  • 特別寄稿=新移民の頃の事ども=サンパウロ市 村上 佳和2021年3月5日 特別寄稿=新移民の頃の事ども=サンパウロ市 村上 佳和 「行け行け南米新天地」のポスターを見て  八十歳を迎え、移住してより、六十年。世界中がコロナ禍で旅行も出来ず、外出も控えて、家でゴロゴロして居る今日この頃である。早くコロナが終息する事を祈りながら、暇にまかせて、新移民の頃を思い返してみよう。  高校最後の夏休み […]
  • のうそん誌半世紀の歴史に幕=終刊時でも読者800人2021年3月5日 のうそん誌半世紀の歴史に幕=終刊時でも読者800人  農村に住む人ために発刊された「のうそん」(日伯農村文化振興会発行、責任者=永田久)が、289号(2018年7月)を最後に終刊となり約50年の歴史に幕を下ろしていた。電話取材に応じた永田美知子さん(88、栃木県)は「最後のほうは読者は800人くらい」と振り返った。 […]