ホーム | 文芸 | 連載小説 | 臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳 | 連載小説=臣民=――正輝、バンザイ――=保久原淳次ジョージ・原作=中田みちよ・古川恵子共訳= (63)

連載小説=臣民=――正輝、バンザイ――=保久原淳次ジョージ・原作=中田みちよ・古川恵子共訳= (63)

 神戸からの出港光景もちがっていた。1918年、保久原正輝を乗せた若狭丸が出港したときの、家族離別の暗さがなかった。房子が出発したときはまるでお祭りのような雰囲気だった。家族や友人は船中のキャビンまで付きそうことができた。はじめの汽笛が鳴ると見送りの人たちは船から降りた。波止場は人で埋めつくされ、みんな手を振り、デッキの旅立つ人を探した。甲板から何千という人たちに投げられた別れのテープが、カーテンのように垂れさがり、波止場を彩っていた。
 波止場では神戸の小、中学校の学童たちが、旅立つ人たちを合唱で励ました。いよいよリオデジャネイロ丸1号が動き出すと、みんなが大声で叫びはじめた。見送りの人たちは「ガンバレー ガンバレー」と叫び、船上の人たちは「ガンバリマス、ガンバリマス」とそれに答えた。そして、「バンザイ バンザイ」という声がひとつになってひびいた。
 房子は神戸の山がしだいに遠ざかっていくのを眺めた。船は本州と四国の間の瀬戸内海の航路をとらなかったので、小さな島々がおりなす美しい光景を眺めることはできなかった。船は神戸から南にむけ、太平洋に向かった。
 2日目、日本の南に位置する九州の沖合いを通った。3日目と4日目にかけて琉球列島を後にした。悪天候のため船が揺れて、多くの人が船酔いした。
 移民当初の船旅とちがって、船客、特に若者たちにいろいろな行事が企画されていた。そこでいろいろなグループが組織され、詳細なプログラムを組んだ、幼児グループまであった。ポルトガル語習得のためのグループもあった。退屈をまぎらわすためもあったが、ゆれつづける船の船酔いを忘れるためでもあった。船の揺れか体で感じなくなるようになったが、船酔いだけにはずっと悩まされる人がいたからだ。
 航路は若狭丸とはちがった。リオデジャネイロ丸1号は6日目にまず香港に停泊した。10日目ごろ、シンガポールに着いた。つまり、12年前、若狭丸がかけた日数の半分しかかからなかったのだ。船内での伝染病発症などなかったことはいうまでもない。次の停泊港はインドの南東、セイロン(現スリランカ)のコロンボだった。そのあと、これまでと違って長い間、陸を目にすることのない航路を行き、南アフリカのドゥルバンに着いた。この航海中、赤道を通り赤道祭をした。神戸を出港して、1ヵ月でドゥルバンに着いたことになる。それから、2日目にケープ・タウンを通り、大西洋を渡ってサントス港に着いた。
 1930年7月23日、神戸を出て47日後、房子はサントス港で下船した。
 1918年、正輝が84日かかった行程の半分の日数だった。移民収容所の登録書には「日本国旅券157.693所有者ガンヨク ウサ(フサコ)22歳、既婚者」と記入されている。
 当初の移民にくらべて待遇が改善されたのは、神戸の移民収容所や移民船だけだはなかった。ブラス区の移民収容所も改装されていた。正輝をあんなに有頂天にさせた古い鉄のベッドは、新しいベッドや2段ベッドに変っていた。歯科の医室も最新の機具をそろえて新設されていた。が、房子は収容所には入らなかった。兄の樽がタバチンガに直行するため、サントスに迎えにきてくれていた。
 劇的な再会だった。12年間会っていなかったので、お互いが分らないほどだった。樽がブラジルに渡ったとき、房子は11歳ちょっとの少女だったのだから。今はすっかり大人の女で、しかも結婚しているのだ。

image_print

こちらの記事もどうぞ

  • 《ブラジル》コパ・アメリカでセレソンが3連勝=後半終盤にコロンビアを逆転2021年6月25日 《ブラジル》コパ・アメリカでセレソンが3連勝=後半終盤にコロンビアを逆転  23日、サッカーのコパ・アメリカでブラジル代表(セレソン)対コロンビアの一戦が行われ、後半終盤に試合をひっくり返し、2―1で勝利したセレソンが3連勝を飾った。24日付現地紙が報じている。  リオ市のニウトン・サントス・スタジアムで行われたこの1戦、先制したのはコロン […]
  • 東西南北2021年6月22日 東西南北  20日のサッカーの全国選手権。サンパウロはサントスにボール占有率で勝りながら、0―2で敗戦。5試合終わって3敗2分の18位と苦しんでいる。今季はここまで意外な展開で、上位3チームをアトレチコ・パラナエンセ、フォルタレーザ、ブラガンチーノといった伏兵が占めている。強豪たちもそろ […]
  • 【日本移民の日2021年】歓喜を味わい、過去を振り返る時=ブラジル都道府県人会連合会 会長 市川利雄2021年6月22日 【日本移民の日2021年】歓喜を味わい、過去を振り返る時=ブラジル都道府県人会連合会 会長 市川利雄  ブラジル日本移民113周年記念は歓喜を味わい、過去を振り返る時ではないでしょうか! 「歓喜を味わうとは」――日本移民の経済、農業、園芸、果実、セラード開発、料理、各分野で活躍する有能な人材、さらに、その歴史の継承などはブラジル社会に認められ、高く評価されています。 「振り […]
  • 【日本移民の日2021年】「日本移民の日」に寄せて=在サンパウロ日本国総領事 桑名良輔2021年6月19日 【日本移民の日2021年】「日本移民の日」に寄せて=在サンパウロ日本国総領事 桑名良輔  6月18日「日本移民の日」を迎えるにあたり、皆様にご挨拶を申し上げます。1908年に笠戸丸がサントス港に到着してから今年で113年となります。  昨年8月に着任した私にとっては今回が初めての移民の日となります。先日、サンパウロにあるブラジル日本移民史料館を訪問し、レ […]
  • 【日本移民の日2021年】日本移民113周年記念日に寄せて=サンパウロ日伯援護協会 会長 税田 パウロ 清七2021年6月19日 【日本移民の日2021年】日本移民113周年記念日に寄せて=サンパウロ日伯援護協会 会長 税田 パウロ 清七  1908年(明治41年)6月18日、笠戸丸に乗った最初の日本移民781人がサントス港に上陸して113年の歳月が流れました。そして今や、ブラジル日系社会は200万人を擁する大きなコミュニティーに発展いたしました。先達の皆様方の幾多のご労苦とご功績に対し、深甚なる感謝の念と敬意を […]