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《記者コラム》ブレグジット/トランプ/ボルソナロに裏の繋がり?

「ボルソナロの精神的指導者」オラーヴォ・デ・カルヴァーリョ(Olavo de Carvalho, From Wikimedia Commons)

「ボルソナロの精神的指導者」オラーヴォ・デ・カルヴァーリョ(Olavo de Carvalho, From Wikimedia Commons)

 ボルソナロ大統領誕生の裏の立役者に、「ボルソナロのグル(精神的指導者)」オラーヴォ・デ・カルヴァーリョ(Olavo de Carvalho)と、トランプ大統領の懐刀で元ホワイトハウス首席戦略官スティーブ・バノンがいるらしい。

 オラーヴォはカンピーナス市生まれの71歳、米国ヴァージニア州リッチモンド市在住のブラジル人。USP教授パブロ・オルテラドは、彼を「ブラジル新右翼(Nova Direita brasileira)の産婆役」と位置付けているが、本人は否定している。

 

▼「ボルソナロのグル」とは何者か?

 

 では、なにが旧右翼かといえば軍事政権だ。オラーヴォの経歴で興味深いのは、青年時代にブラジル共産党員(66~68年)だった点だ。軍政の時は反政府活動を行い、ジャーナリストになってフォーリャ紙、オ・グローボ紙、ジョルナル・ド・ブラジル紙、エポカ誌でも記者をしていた。だが最終的には「絶対的な反共産主義者」に転向して、現在はブラジル右翼論陣の代表格だ。

 いわゆる米国の「ネオコン」(新保守主義)に似た経歴だ。日本で言えば、かつて「日本共産党のナンバー4」と言われながら、現在は右派論陣に組している筆坂秀世的な人かも。

 日本では右派論陣は常に存在したが、ブラジルでは軍政終了以降、PT政権ができるまでの間、右派論陣はほぼ存在しなかった。「ブラジルのネオコンの一人」といわれる哲学者ルイス・フィリッペ・ポンデがかつて、ジョルナル・ダ・クルツーラでこんなコメントをしていた。軍事政権という右翼思想の悪夢を体験してしまったブラジル知識人にとって、「私は右翼思想の持ち主だと公に宣言する事は、思想的な自殺に等しいことだ」と。

 軍政はブラジルに「右翼思想は最悪だ」という思想的なトラウマをもたらした。だが本来は「左があれば右がある」のがバランスの取れた形だ。「上のない下」などあり得ないし、「表のない裏」も存在しない。だがその間、ブラジルには不自然なことに右がなかった。

 

▼PTの存在が生んだ新右翼

 

 軍政は最初こそ「ブラジルの奇跡」と呼ばれる経済成長をもたらしたが、同時に思想弾圧、拷問や暗殺までしてしまった点で、知識人には受け入れられない。だが、PT政権という左派政権が生まれたことにより、皮肉なことに、その反動として「新右翼」が生まれた。

 反PTの急先鋒の一人が、オラーヴォだった。彼が米国に移住したのは05年。PTが始まったのが03年で、《考えた。ここはひどく狂ってしまった。本当に狂った。ここにいつづけたら、私まで狂ってしまう》(2016年12月15日付BBCブラジル)と我慢できなくなってブラジルを脱出した。

 米国からブラジルに向けて右派思想を説く哲学史講座をインターネットで配信し、50万人の追随者がいるSNSに毎日コメントを書いた。その延長線上に、右派大統領まで生まれた。これはブラジル版「遠隔地ナショナリズム」といえる。ヴァージニア州の彼の家には30丁ものライフル銃がいたるところに置かれ、万が一の襲撃に備えていると同BBC記事にはある。

 旧右翼は経済政策では国内産業の保護を優先し、社会政策では伝統主義をとる。それに対し新右翼の特徴は、経済的には自由主義である点だ。官僚的手続き過剰の改善、公社の民営化、税金の削減、政治改革、文化的マルクス主義への反抗などの特徴を持つ。

 たしかにボルソナロはゲデス経済相のように自由主義者をすえた点では新右翼っぽいが、多くの軍人を閣僚に登用した点でむしろ旧右翼的でもある。だから、オラーヴォはモウロン副大統領ら軍人閣僚を繰り返し非難する。

 この「新右翼」の流れには、モビメント・ブラジル・リブレも属する。そう、昨年10月に22歳で初出馬して連邦下院議員に当選したキム・カタギリ(DEM)が創立者の一人の政治運動団体だ。彼はこの2月に誕生日を迎えて23歳になったばかり。まさにブラジル政治史に残る新しい流れの中の、一番新進気鋭な人材として、日系三世が登場してきた訳だ。

 

▼ボルソナロ陣営にバノンに紹介したロビイスト

 

16日晩、ワシントンで開催されたオラヴィオ顕彰イベントに顔を出したバノンの様子を報じる17日付エスタード紙

16日晩、ワシントンで開催されたオラヴィオ顕彰イベントに顔を出したバノンの様子を報じる17日付エスタード紙

 そのオラーヴォを顕彰するイベントがこの週末16日(土)に、米国ワシントンで開催された。オラーヴォ本人はもちろん、ボルソナロの息子エドアルド連邦下議に加え、あのスティーブ・バノンも出席した。19日(火)にはホワイトハウスでボルソナロ大統領とトランプ大統領の首脳会談が予定されている。その前うちイベントだ。

 土曜日には、マンハッタンの投資会社の幹部、アメリカ系ブラジル人ジェラルド・ブランもいた。大統領選挙の前年2017年に、ボルソナロ本人と息子三人をニューヨークに呼んで、米国のエスタブリッシュメント(権威筋)に紹介した人物だ。

 母がアメリカ人、父がブラジル人外交官で、「ガキの頃から反共産主義」を自認し、リオでも数年を過ごしたときにボルソナロの息子フラビオと知り合い、リオへ行くたびに食事をする仲だ。その繋がりから、ボルソナロ大統領の米国におけるロビイストになり、オラーヴォやバノンともつないだ。

 昨年の大統領選では、ルーラの立候補が認められていた間、ボルソナロは常に2位だった。その後、昨年8月に息子のエドアルドがバノンにニューヨークで会った頃から、SNSにおけるボルソナロ陣営の反撃が激化して優勢になったといわれる。

エスタード紙2月23日付に掲載されたマルセロ・ルーベンス・パイバのコラム「ブレグジット=トランプ=ボルソナロ」

エスタード紙2月23日付に掲載されたマルセロ・ルーベンス・パイバのコラム「ブレグジット=トランプ=ボルソナロ」

 2月23日付エスタード紙にマルセロ・ルーベンス・パイバは「ブレグジット=トランプ=ボルソナロ」というコラムを書いた。その裏の共通点として、「ケンブリッジ・アナリティカ(CA)社」の存在をあげた。フェイスブックなどのSNSにおけるデータ分析を駆使した選挙コンサルティングをする会社で、本社は英国ロンドン。

 2016年のブレグジット(英国EU離脱)の国民投票で離脱派が利用した会社であり、2017年の米国大統領選挙でトランプ陣営がつかったところでもある。バノンが同社の役員会メンバーだった。

 米国議会でCA社が問題とされているのは、フェイスブックが集めた個人情報を選挙に使った疑惑だ。どちらに投票するか迷っている層を選んで、敵陣営に怒りを起こさせるようなフェイクニュースを流す心理作戦、心象操作をして、味方陣営に浮動票を流れ込ませ、接戦を制させた疑いがもたれている。ブレグジットしかり、トランプしかり。この種のものはブラジル大統領選でも実際に良く見られた。

 

▼ボルソナロ勝利の後ろにもCA社の姿?

 

上の線が「棄権および未決定」、中段の線が「ボルソナロ候補支持率」、下段から追い上げているのが「ハダジ候補支持率」。8月を機に一気に動きが変った(Denis Rizzoli)

上の線が「棄権および未決定」、中段の線が「ボルソナロ候補支持率」、下段から追い上げているのが「ハダジ候補支持率」。8月を機に一気に動きが変った(Denis Rizzoli)

 CA社が実際にボルソナロ陣営に関わった話は出ていないが、バノンが昨年8月に「協力する」と約束して、その後にSNS上の大攻勢が始まったタイミングが疑われている。

 それまで45%近くあった「棄権および未決定」票が8月から急激に減り、ボルソナロを猛追していたハダジ票の伸びが9月からゆるやかになり、ほぼ停滞していたボルソナロ票が再び上向き始めて、激しく接戦するようになったからだ。

 この競り合っている期間のフェイクニュース(偽ニュース)が後で問題になった。この争いに決着がついたのは、ボルソナロ刺傷事件が起きて同情票が集中したからだ。このようなタイミングから、前記のコラムニストはCA社関与を疑っている。

 そして今年2月初め、「バノンはエドアルド(ボルソナロの息子)を、世界のナショナリストを集める運動のブラジル代表に任命した」との報道もあった。

 今回のトランプ/ボウロナロ会談で何が決まるか知らない。ブラジル外交には、世界の覇権争いにからむようなことや、南米以外のことには口出ししない伝統があったように思う。

 だが、ベネズエラ問題をきっかけに米国の思惑に巻き込まれ、イスラエルなど国際社会のややこしい局面にさらに首を突っ込まないか、実に不安だ。(深)

 

 

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