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表現の自由をかけ、軍政と漫画で闘ったゲリラたち

軍政時代の1968年、リオのプレジデンテ・ヴァルガス大通りを行進する戦車隊(Correio da Manha [Public domain])

軍政時代の1968年、リオのプレジデンテ・ヴァルガス大通りを行進する戦車隊(Correio da Manha [Public domain])

 戦車と機関銃で言論を統制したブラジル軍事政権(1964―85年)に対し、表現の自由のためにMangaという武器をとって戦った日系の若者たちがいた。
 3月17日のブラジル漫画家協会(Abrademi、佐藤フランシスコ紀行会長)が主催した同会創立35周年で顕彰された3人は、みなEDREL出版(Editora De Revistas E Livros)の関係者だった。この出版社がブラジルで最初に日本式漫画を出版した会社であり、その主力メンバーは当時20代の日系二世ばかりだった。
 その唯一の生き残り、福江豊パウロさん(71)は会場で漫画「Sanjuro」を販売していた。「軍政時代に検閲を受けて、出版されなかった作品なんだ。それに当時の思い出で、私へのメッセージなどを加えて再出版した」という。

3月17日のブラジル漫画家協会(Abrademi)35周年で顕彰されたEDREL出版の関係者

3月17日のブラジル漫画家協会(Abrademi)35周年で顕彰されたEDREL出版の関係者

 三船敏郎主演の映画『椿三十郎』(黒澤明監督、1962年)に着想をえて描いた漫画で、なんと西部劇の中で忍者が活躍する奇想天外な物語。
 その雰囲気は、時代劇の『椿三十郎』というより、三船敏郎とチャールズ・ブロンソン、アラン・ドロンの世界3大スターが共演した異色の西部劇『レッド・サン』(テレンス・ヤング監督、パラマウント映画)に近い。ただし、漫画中の殺陣のシーンはやはり『椿三十郎』っぽい感じだ。
 顕彰された3人の一人、故ミナミ・ケイジはEDREL出版の経営者だった。日系人の集住地の一つサンパウロ州リンス市生まれで、コチア産業組合の出版物を父が購読していたことから、手塚治虫を知り、漫画に幼いころから親しみ、自分でも描くようになった。
 1965年に20歳でサンパウロ市に出てきたミナミは、パン・ジュベニル出版で「ツッパンジーニョ」を出す。これは手塚治虫の鉄腕アトムに発想をえたオリジナル作品だ。漫画家としてだけでなく、経営面でも才覚を現し、共同出資者にまでなり、2年後に独立しEDRELを始めた。
 そこでミナミは、20代の日系漫画家の卵を次々に発掘し、作品を発表する場として漫画月刊誌を作り、徐々に読者の心を掴んでいった。

軍政時代に発禁処分にされた漫画の復刻版「Sanjuro」

軍政時代に発禁処分にされた漫画の復刻版「Sanjuro」

 そこで頭角を現したのが、瀬戸クラウジオ、イコマ・フェルナンド、福江パウロらだ。ミナミはそんな漫画家の卵に、《好きなだけ狂ったように創造する完全なる自由を与えた。この新鋭出版社は過激なほどオリジナルな漫画で、一時代を築いた。絵柄の実験、ユーモア、存在のジレンマ、若者の狡さなどが満載の漫画が、才能豊かな青年たちによって次々に作り出され、ブラジル国産漫画の黄金時代を現出した》(『Sanjuro』4ページ)とある。この「雑誌」というのはGibiと呼ばれる薄い小冊子のような漫画本のことだ。

▼エロ漫画で軍政に立ち向かった若者たち

 漫画が持つ独自のパワーである猥雑さ、エロス、ポルノ、暴力などを軍政は嫌った。サブカルチャーが本質的に持つ地下活動的な雰囲気に、反政府運動につながる何かを感じたのかもしれない。

故瀬戸クラウジオ

故瀬戸クラウジオ

 だがミナミらはそこにこだわった。瀬戸クラウジオの「マリア・エロチカ」は特に有名だった。「エロ漫画には需要があった」と福江さんは懐かしがる。ブラジルの日系人には「学業優秀で真面目な優等生」的なイメージが強い。だが、彼等のような「愛される悪ガキ」「やんちゃなアーチスト」も存在した。
 とはいえ、エロスも今のような直接的な表現はなく、当時はあくまで「示唆する」ぐらいの描き方だった。当時はそれでも十分に刺激的だった。エロ漫画も表現の自由の一部であり、何度も検閲を受けて発禁処分にされる中、ミナミらは莫大な弁護士費用をかけながら発行を続けた。
 この軍政時代における漫画出版の戦いを描いたドキュメンタリ短編映画『A Guerra dos Gibis(漫画雑誌たちの戦争)』(http://portacurtas.org.br/filme/?name=a_guerra_dos_gibis)まで作られている。ラファエル・テルピン、チアゴ・メンドンサ監督が2012年に作った短編映画で、7つも賞を受賞している。
 福江さんは「僕らは実際にDOPS(政治経済警察)に連れてかれて、留置場に収監された。権力者に立ち向かう暴力シーンとかが、反政府活動を思わせるとか、なんかあったみたいだね。どんな漫画にも悪者が登場するでしょう。それが『あのゼネラル(陸軍将官)を戯画化している』などといちゃもんを付けるのは簡単なんだ。実際、4万、5万部も印刷して書店に回すだけになっていたのに、突然DOPSに押収されたこともあった。大変な印刷代をかけて、これから売って回収しようというところで全部無駄になったことが何度もあった」と証言する。

ブラジル漫画界の創成期の数少ない生き残りの一人、福江パウロさん

ブラジル漫画界の創成期の数少ない生き残りの一人、福江パウロさん

 さらに福江は「でもミナミはそんな権力の横暴に反抗しながら、漫画の出版を続けた。だけどその繰り返しのなかで、どんどん経営は厳しくなって出版社を手放してしまった」と振りかえった。71年のことだ。そしてその2年後にはEDREL社は潰れた。
 その頃、ミナミは別の出版社M&Cを立ち上げ、そこで『Sanjuro』は出版される予定だったものだ。

▼表現の自由つながりでカルト映画の専門雑誌も

 興味深いことに、ミナミは1974~77年まで「ボッカ・デ・リッショ(Boca do Lixo)」で製作される映画の専門雑誌「Close-Up」をM&Cから出した。チアゴ・メンドンサ監督が2008年に製作したドキュメンタリ短編映画『Minami em Close-Up: A Boca em Revista』(http://portacurtas.org.br/filme/?name=minami_em_closeup_a_boca_em_revista)に詳しい。
 このボッカ・デ・リッショというのは、戦前から映画配給会社が集まっていたサンパウロ市セントロ地区の一角だ。60年代半ばから80年代初頭にかけて、つまり軍政時代に独立系映画製作者のたまり場となった。街路名でいえばルス区のトリウンフォ街周辺だ。
 ここに集まったのは、軍政の表現規制に反抗して、小資本で面白い映画を作ることに命かけた筋金入りの映画人ばかり。まさに猥雑で暴力シーンにあふれ、アヴァンギャルド(前衛的)でユーモラス、時に退廃的だが、とんでもないアイデアが盛り込まれたカルト映画が次々に作り出された。その映画人を主人公にして、一般人に知らせる大事な役割をおった雑誌をミナミは発行していた。
 この流れは、いわゆる伝統的なものや権威への反抗という若者独自の勢いに溢れていた。

ホラー映画の代表作『A Meia-Noite Levarei Sua Alma(午前零時あなたの魂を連れ去る)』のポスター

ホラー映画の代表作『A Meia-Noite Levarei Sua Alma(午前零時あなたの魂を連れ去る)』のポスター

 たとえば「ゼ・ド・カイション(棺桶のゼー)」と呼ばれたジョゼ・モジカ・マルチンス(Jose Mojica Marins)はその代表格だ。ブラジルのホラー映画の代表作『A Meia-Noite Levarei Sua Alma(午前零時あなたの魂を連れ去る)』は、1964年に彼が主演・監督した作品だ。半世紀たった2014年にブラジル映画批評家協会が選んだ「ブラジル映画傑作100選」にも選ばれた記念碑的な作品だ。
 そのほか、1972年に発表された『A Viuva Virgem(処女未亡人)』(ペドロ・カルロス・ロヴァイ監督、シンクロシネ社)はその年に263万5962人の観客動員を記録した大ヒット作品になった。
 そのようなカルト映画、サブカルチャーの中心的なところに、日系人がいたのは興味深いことだ。しかも、漫画というポップカルチャーの素養を備えた日系の若者が、ブラジルの独立系映画文化のけん引役の一翼を担った。
 ところが、このボッカ・デ・リッショは80年に直接的なポルノ表現が解禁されると、いっきにすぼんでしまった。その後、この地区は残念なことに「クラッキ」という麻薬の常習者が集まる地区、通称「クラコランジア」(Cracolandia)になってしまった。
 「軍政の表現規制」という重石をあったからこそ、頭をひねって表現を工夫し、結果的に面白い作品を作った。今はあまりにも直接的に表現できてしまう…。規制があるから面白い作品ができるというのは、不思議な矛盾だ。
 「Sanjuro」は73年に発表予定だったが、検閲を受けて発禁処分にされた。とはいえ、会場でその漫画をパラパラ見ていた来場者の若者は、「何でこれが検閲を受けて出せなかったのか、今見ても全然分からないね」と首をかしげていた。(深、「www.DiscoverNikkei.org」サイトに4月8日付で初出)

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