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臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(111)

 1938年4月18日発令の第383令により、外国から資金を受けず、法務省と内務省に合法的に登録された文化、民間、慈善の協会だけが認められることになった。
 この間、新国家体制は外国人の活動を押さえつける令を盛んに発布した。
 1938年4月27日発布の第293令は保安と国家制度を揺るがす犯罪者の国外追放に関してで、対象者はサボタージ、選挙および、市民経済への犯罪、偽札、偽公債の発行、密輸、所有物および、労働の自由を侵害する者だった。
 この令は品行方正で、選挙違反を侵さず、ブラジルに20年以上住む外国人には適用されなかった。2ヵ月後、1938年6月8日、479令が発布され、外国追放がさらに厳しくなり、国籍証明の代わりに、25年以上ブラジルに住み、当国生まれの子弟がいるという条件がつけられた。
 やはり、その当時、農村の労働力、および外国人集団地の問題を改善するため、民族統合を目指す法令が出された。1938年5月4日発令の406令により、植民地内には30%以上のブラジル国籍の住民がいること、また、同じ国籍の外国人は25%以下であることが義務付けられた。すべての集団地には国の教育システムに従う初等学校を置くこと。また、すべての教科はポルトガル語で行われることが義務付けられた。商業、工業の施設名はポルトガル語によるもの。農村地帯の外国語の本、雑誌、新聞などは法務省および内務省の許可がなければ出版禁止となった。
 行政面で政府は1938年5月18日の431令により移民、植民地対策委員会は
「移民の流れを選択し、助成するためには、人類学的に民族性、社会性、また、優生学的にその人種をよく知ることが必要だ。そのうえ外国人の順応化、同化を促進する。それに即さない移民の減少をはかる」という権限を得た。同委員会のメンバーの一人アルツール・H・ネイヴァは、
「500年以内に、ただ一人のブラジル人もわが文明が黄色化、黒色化される様を目のあたりにしないことを私は願う」そして、
「すべての人々がこれまでの歴史どおり、この国が白人文明の国であることを願っているはずだ」と付け加えた。

 一方、世界情勢は悪化していた。ヨーロッパで戦争が勃発した。アジアでは日本の交戦は勢いを増し、侵略が広まっていった。1940年3月、日本は中国国民党の蒋介石から別れた汪兆銘を主席代理とする南京傀儡政府を設立した。中国内では国粋主義者と共産主義者の間の内乱が続き、南京傀儡政府の設立は中国内部にあまり影響を及ぼさなかった。ただ、対外的にはなんらかの影響を及ぼした。南京を手に入れた日本は商業面で力を伸ばし、それが英国と米国の利権を脅かすことになった。中国の海岸、あるいは揚子江岸辺で英国と日本の船とのあいだに、小競り合いが生じた。
 だが、欧州の紛争に巻き込まれていたイギリス、また、特にアメリカの場合そんなことに関わりたくないということで、欧米大国は手をうたなかった。日本はロシアの動きを警戒していた。日本軍の満州進出はロシア人を中国外に追い出すことで、ハルビンを通りウラジオストックまで通じるシベリア鉄道の支線を売却するよう要求した。日本の支配下にある満州を含め、中国とロシアの境界線では両国軍の競り合いが絶え間なかった。

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