ホーム | コラム | 樹海 | 大統領選に立候補?〝中国愛〟を告白したドリア

大統領選に立候補?〝中国愛〟を告白したドリア

10日付エスタード紙A2面のトップ寄稿「サンパウロと中国、有望な歴史」とB11面のファーウェイ新工場建設発表記事

 10日(土)付エスタード紙は実に興味深い紙面になっていた。論説がのるA2面のトップ寄稿に、ジョアン・ドリアサンパウロ州知事が思いっきり〝中国愛〟をぶちまけていたからだ。
 いわく《1万6千キロの距離、11時間の時差。サンパウロと北京の間にあるこの地理的障壁を越えて、今週、サンパウロ州政府にとって最も重要な使節団交流が行われた。否定ができない興味をお互いが持ち、立ちふさがる障害を乗り越えて、距離を縮めつつある。サンパウロは、習近平国家主席が進めている一帯一路の最前線になる条件を備えつつある》とのラブレターのような文章で始まる。
 昨年の大統領選の最中、ボルソナロ候補は台湾を訪問し、「中国はブラジル国内の企業買収ではなく、中国はブラジルを買っている」と中国企業によるインフラ部門買収を警戒していた。それに反旗を翻す意味で、ドリアサンパウロ州知事は中国からの投資を呼び込もうとしているのか?
 それなら、22年大統領選挙の候補者の一人と言われるドリアは、「米国トランプを後ろ盾にしたボルソナロ」に対抗して、中国からの大型投資を呼び込み、その実績を盾に選挙戦を戦おうとしているのか。

▼22年大統領選挙キャンペーン開始か?

ポ語の中国新聞の取材に答えるドリアサンパウロ州知事

 実は同じ日のエスタード紙の最終面B11には、中国を代表する通信機器メーカー、華為技術(ファーウェイ)が2021年までにサンパウロ州に新工場建設を約束したとの記事が出ていた。ここでスマフォやタブレットを生産し、南米全体に供給するという。
 この記事は「上海発」で、しかも記事の最後に「InvestSPの招待で記者は旅行した」と書かれている。5日から11日までドリアサンパウロ州知事は、州局長および企業家35人の大型「中国経済交流使節団」を連れて訪問中で、その随行記者が書いた記事だ。ドリアが旅先の中国からもらった〝お土産〟が工場建設だった。
 Investspはサンパウロ州投資誘致局といえる部署であり、その上海事務所の開幕式(8日)にサンパウロ州知事が出席した。そのスポンサー意図にそった記事として、ドリア知事のトップ寄稿とセットで出されたもののようだ。
 この新工場建設のニュースは日本経済新聞も10日付サイト記事で、《中国の通信機器最大手、華為技術(ファーウェイ)は8億ドル(約850億円)を投じ、ブラジルのサンパウロ州に新工場を建設する。次世代通信規格「5G」の基地局などを製造するとみられる。トランプ米政権は友好国に対し、5G分野から同社の排除を求めているが、ブラジル政府は雇用創出につながるとして従わない意向を示していた》などとすぐに報じた。
 9日付エスタード紙サイト記事は、ドリアサンパウロ州知事は中国滞在中、ブラジル紙記者団との会見で「(この訪中は)22年大統領選挙へのキャンペーンなのか?」と質問され、《我々の心配は、たった一人が決定して命令を下すような権威主義的で孤立したものでなく、相互のやりとりがある政権運営を行うこと。我々にはスタッフがいる》と意味深な回答をした。知事はその後、このコメントは「誰への伝言(当てつけ)でもない。政府や視察団の在り方、スタイルを説明しただけ」と大統領を間接的に揶揄したものではないと否定した。
 「これは2022年大統領選挙へのキャンペーンなのか?」―事実上の立候補宣言といえるのが今回の中国訪問なのか―というのが、伯字紙記者の問いかけだった。

▼訪中使節団の成果は「240億ドル」?

 「機を見るに敏」との評価がある優秀なビジネスマン、ドリアサンパウロ州知事だけに、昨年の選挙時にはボルソナロ人気にすり寄ってきた感があった。だが最近はボルソナロ政権に対して批判的な言動が目立ってきている。
 たとえば、、国家輸出振興庁(APEX)長官の人事が二転三転していることやANCINE(国立映画局)の首都移転への批判、軍政に殺害されたとされるブラジル弁護士会(OAB)会長の父親の件でも、軍政に批判的だった父(政治家)のために迫害を受けて国外逃亡をした家族の歴史があるドリア知事は大統領を批判していた。
 9日付ヴェージャ誌サイト記事にも《ここ数週間、ドリア州知事はボルソナロ大統領と距離を置くようなイメージを作ろうと多大な努力をしてきた》と書かれている。
 サンパウロ州経済交流訪中団で気になるのは、州政府側には大物が揃っているのに、経済界35人にあまり大物がいないように見えることだ。
 州政府側は知事を先頭に、国際関係局長、財務企画局長、都市交通局長ら5局長、InvestSP会長らがはせ参じた。
 だが経済界からは、ボトランチン銀行のチーフ・エコノミスト、洗濯機メーカー「Colormaq」幹部、グルメ・コーヒーの先駆け「カフェ・サンタモニカ」の輸出部門責任者らだ。いずれも経営者本人ではない。また産業界全体を見渡して各界を代表するような企業でもない。
 サンパウロ州政府が旗を振って財界を動かそうとしているが、米国の出方を気にして様子見をしている企業が多いようだ。
 サンパウロ州広報によれば、この上海事務所開設は4月2日に、知事と駐ブラジル中国大使との会談を機に発表されていた。事務所経費は、職員給与以外はなんと中国持ち。同事務所責任者は、ジョゼ・マリオ・アントゥネス元APEX理事、顧問にはマルコス・カラムル元駐北京ブラジル大使と大物を迎えている。
 サンパウロ州としてはメトロやインフラ関係への投資を呼び込みたいらしく、今回の4日間の日程の大半は、関係する公社や、それを財政的に支える融資機関の代表との会談や、現地関係企業とのセミナーに当てている。「BRICS銀行」とも呼ばれる「新開発銀行」(NDB、本部=上海)の副頭取とも会っている。この銀行はBRICS5カ国(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)が運営する国際開発金融機関であり、国際通貨基金の補完・代替を目指すものとされている。
 4日目の最終日程がファーウェイ・ブラジル幹部との会合で、その場で冒頭の工場建設が発表され、「手土産」として大々的に報道された。
 9日付ヴェージャ誌サイト記事には今回訪中の成果として《今後10年間で240億ドル(約1千億レアル)のサンパウロ州への投資意欲を確認した。特にサンパウロ州水道局の資本追加や2鉄道建設(サンパウロ市―カンピーナス市、サンパウロ市―サンジョゼ・ドス・カンポス市)だ。中国投資銀行は100憶ドルの投資覚書にサインした》と報じられている。
 国際連合ラテンアメリカ・カリブ経済委員会(Cepal)によれば、05~17年までの中国によるラ米投資の55%はブラジルへのもの。ブラジル企画省によれば03~18年で539億ドル(約5兆6950億円)だという。
 この金額をみれば、どんな政治家、経済人でも目がくらむに違いない。

▼米国と中国の板挟みか、漁夫の利か

G20大阪サミットでトランプ大統領と会談したボルソナロ大統領(Alan Santos/PR)

 「ブラジルのトランプ」を自認するボルソナロ大統領。そして右腕のゲデス経済相は、景気浮揚を重要視する。そのため米国の基本方針に追随して取り入り、それを後ろ盾にして「先進国クラブ」と呼ばれるOECD(経済協力開発機構)入りを目指している。
 そのトランプが中国を目の敵にして「覇権戦争」ともいえる貿易戦争を繰り広げている。昨年12月1日にファーウェイの孟晩舟・最高財務責任者(CFO)が、米国の要請を受けてカナダの捜査当局に逮捕される事件まで起きた。
 以降、米国政府は同盟各国にファーウェイと中興通訊(ZTE)を使わないよう大号令をかけている。これは、次世代通信規格「5G」の世界基準となりつつあったファーウェイを、世界市場から排除する動きだ。
 日本政府はもちろん、「ファイブアイズ」と呼ばれる機密情報収集ネットワークを築く米国、英国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドの5カ国対中国の対立構図が鮮明になってきたのが昨年来の流れだ。
 この流れにおいて、ブラジルはどう立ち振る舞ってきたか―。
 最初こそ、トランプに同調して中国敵視を明言してきたボルソナロだが、実は今年、政権が始まってから敵視発言が控えられ、むしろ寛容になってきていた。
 米国からの圧力を受ける中国は、仲間を増やし、同盟を固めることに注力している。だからファーウェイを受け入れる国に対して優遇策を施し、形勢逆転策を練っている。ボルソナロはその慰撫工作に屈したように見える。
 形勢逆転のテコとなるのがBRICSや一帯一路政策の国々であり、国内総生産世界8位のブラジルは、その重要な一角を占める。
 だが、トランプに良い顔を続けながら、中国からも投資を呼び込むという「漁夫の利」外交は可能なのか。

▼中国の投資先3位はブラジル、ブラジル最大の輸出先は中国という〝相思相愛〟

中国が南米に影響拡大。昨年9月、ベネズエラのマドゥーロ大統領を迎えた習近平国家主席(Twitter)

 ファーウェイの孟晩舟・最高財務責任者逮捕の直後、中国共産党の機関紙『人民日報』の系列紙『環球時報』は12月4日付サイト記事で《ブラジルで中国の影響力が急激に上昇―スイス紙》と報じている。
 《今世紀に入るまで、中国は南米でほとんど存在感を持たなかった。しかし、その後に急速な変化が起き》たと前書きし、現在は中国にとってブラジルは3番目の投資先であり、ブラジルにとって中国は最大の輸出相手国だと経済的な関係の深さを論じ、さらに中国からのブラジル投資が次の3段階を経てきていることを報じた。
 《3つの戦略的段階があり、第1段階である2005~13年の投資は主に原材料やエネルギー分野に集中した。3年に及ぶ第2段階はインフラ施設だ。電力、道路、鉄道、港湾、通信などのインフラ建設の現場ではどこでも中国側建設者の姿が見られた。そして、現在、中国の投資戦略は第3段階に突入。EC大手のアリババ(阿里巴巴)はヴィラコッポス国際空港の株式取得を考え、BYD(比亜迪)は都市のごみ処理部門に電動トラック計200台を提供している。
 中国人は大学在籍中、ブラジルに関する大量の知識を蓄積する。中国の記者、外交官、学者、企業家の中にはポルトガル語ができ、ブラジルの政治、官僚主義の細部について理解する人も少なくない》
 かつて「米国の裏庭」と言われた南米地域だが、オバマ政権時代から半ば放棄された状態だった。その覇権の隙間をついて、中ロが勢力を伸ばし、影響力を固めつつあるのが現状だ。

▼実は豹変していたボルソナロ政権

 昨年選挙キャンペーン中とうって変わって、ボルソナロは政権についてから中国歓迎の姿勢を見せ始めている。
 5月13日付けヴァロール紙にはその時点で、《大統領は就任後に一転、中国企業に対して投資歓迎を謳っており、今年8月に中国を公式訪問する予定を決め、それに先立って各州知事が先を争って中国企業の誘致合戦を展開している》と報じられていた。つまり今回のドリアサンパウロ州知事訪中もその流れだ。ボルソナロとは袂を分かって「2022年大統領選キャンペーンをする一環」とは言えない。
 ヴァロール紙には次のような各州の動きがまとめられている。
(1)4月末にパラナ州のラッチーニョJR州知事は上海を訪問し、パラナ州とチリのアントファガスタ港を結ぶ鉄道建設プロジェクトの検討を開始した。
(2)バイア州のルイ・コスタ州知事は2月、官民合同プロジェクト(PPPs)形式で、投資総額15億レアルにもなる中国資本BYD社とバイア州サルヴァドール市に史上初の跨座式モノレール「BYDモノレール」建設で調印した。5月から中国企業との間で東西統合鉄道(Fiol)によるバイア州イリェウス港湾をつなぐプロジェクト交渉開始予定。
(3)アマパ州のワルデス・ゴエス州知事は、「社会経済開発銀行(BNDES)やブラジル銀行、連邦貯蓄金庫の金利は非常に高いが、中国政府のインフラプロジェクト向け金利は非常に低金利だ」と指摘。いずれ具体的なプロジェクトが浮上しそうだ。
(4)アラゴアス州政府経済開発担当のラファエル・ブリット局長は、7月に太陽光発電並びに上下水道、水力発電向け投資誘致のイベントを北京と上海で開催すると説明していた。
 左派知事の多い北東伯や北伯が多い点が興味深い。一方、連邦政府は教育費予算まで削減しなければならないほど財政が困窮し、公的投資に割ける予算がない。頼りにならない連邦政府より、地方政府にとっては中国のインフラ融資の方が非常に魅力的に映っている。
 6月末のG20大阪サミットでボルソナロ政権初の伯中首脳会談が予定され、その下打ち合わせにモウラン副大統領が5月24日、習近平国家主席と北京で会見していた。
 また、国営通信アジェンシア・ブラジル6月5日付によれば、BRICS間における文化・経済的関係を深化させることを目的とする連邦議員グループが主催する夕食会が同4日に開かれた。そこでアラウージョ外相は、中国との貿易投資の流れを維持することと、米国との緊密な関係を維持することは相反しないのかとの質問を記者から受け、「矛盾はしない。どちらの場合も、我々は非常に有益な関係を築くことができる。何も問題ない」と答えた。
 つまり、着々と伯中の経済交流振興への地固めをしていた。

▼でも、ドタキャンされた伯中首脳会談

 ところが、6月末のG20大阪サミットの伯中首脳会談は当日、土壇場でキャンセルされた。G1サイト6月29日付記事によれば《会談は午後2時40分に予定されていたが、中国側が遅れて間に合わなかった。これが日本最後の公式行事だったので、帰伯準備のためにホテルに戻らねばならず、キャンセルされた》とある。
 中国側が遅れた理由は分からない。最後に予定したのだから、何か期待するものがあったはず。
 ボルソナロ大統領は中国との関係促進を図るために、改めて9月に中国を公式訪問する予定だ。そして習近平国家主席は今年11月、BRICS首脳会議出席のためにブラジルを訪れることになっている。
 これを機に一気に伯中蜜月時代に入るのか…。
    ☆
 ブラジルは「漁夫の利」を狙って二枚舌外交を展開するつもりの様だが、思いついたらすぐに口に出す大統領に、トランプに面従腹背するような器用なマネができるのだろうか。調子に乗り過ぎると、米国からキツイ〝お灸〟をすえられる場面も考えられる。
 ブラジルより一枚も二枚も上手の中国は、投資の約束はしても本当にやるとは限らない。そして米中貿易戦争の行方も、今後に大きく影を落とすだろう。今後、しっかりと注視する必要がある流れだ。(深)