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チリのような暴動は、ブラジルでも起きるか?

ルシアノ・フッキの言葉を報じる10月26日付エスタード紙(手前)

▼「AI5もありえる」という暴言の背景

軍政令AI5の最初のページ(Brazilian National Archives [Public domain])

 10月31日、ボウロナロ大統領の息子エドワルド連邦下議は、居丈高に「もしもチリで起きているようなことがブラジルで起き、飛行機のハイジャックや要人の誘拐にまで発展するようなら、現代版のAI5(軍政令)を作って対応することもありえる」という過激な発言をして、マスコミから総スカンをくらい、最終的に謝罪までした。

 軍政令「AI5」は、激化する反政府左派ゲリラ活動を鎮圧し、軍事政権を安定化させるために1968年に発令された。連邦議会閉鎖、メディアの検閲、反政府活動家の拷問まで正当化した悪法として知られる。

 これを聞いた時、ルシアノ・フッキの言葉に対する反発だなと思った。

 「チリで起きていることから学ばないといけない」―有名TV司会者のフッキは10月26日付エスタード紙記事で、そう語っていたからだ。これは明らかに、3年後を念頭においてしゃべっている。もちろん、次の大統領選挙の年だ。

 長引くデモの影響で、チリのセバスチャン・ピニェラ大統領は、アジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議や、第25回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP25)の開催を断念すると10月30日に発表した。チリ政府は同28日に閣僚8人の挿げ替えを行い、激化するデモを止めようとしたが収まる様子はない。

▼たった3%の地下鉄値上げから始まって暴動に

チリ軍による地下鉄無賃乗車運動への参加者鎮圧の様子(10月20日、@Ejercito_Chile)

 チリ国民の激しい抗議活動は、10月6日に発表されたサンチアゴの地下鉄料金を、たった3%余り値上げする件に対し、高校生が抗議の意味で無賃乗車運動を同11日頃に始めたことが発端になった。

 これはあくまでキッカケであって、本当の動機は緊縮型の経済政策への積もり積もった不満だった。同14日以降、同調する学生や市民が増え、同18日からは地下鉄が閉鎖され、バスの焼き討ちやデモ隊と警官との衝突も激化した。

 それに伴い、金融機関のATM破壊やスーパーマーケットの略奪、電力公社やチリ銀行への放火や地下鉄の駅への火炎瓶投下も起きたため「非常事態宣言」が出され、暴動は首都の外にも広まっていった。

 普段なら、ブラジルとは比べようがないくらい治安がいいチリが、今回は大変な状態になった。独裁政権末期の1990年以来、初めて軍を動員してデモ抑制を図ったが、逆に火に油を注いだ恰好だ。

 同25日にはサンチアゴの中心街に、ピニェラ大統領辞職を求める100万人のデモが起きた。同28日時点で、抗議活動中に死亡した人が19人に達する異常事態となった。

 国民の不満の原因は、ピニェラ政権が打ち出している経済政策だ。保守派のピニェラ氏だけに「小さな政府」を目指して支出を削る方向の改革を打ち出した。

 その結果、年金生活者の受給額減少が起こり、保健衛生費や教育費の使い方に対する不満が高まっている。さらに経済拡大に伴う生活費高騰、拡大する一方の社会格差が問題にされている。

 チリの社会保障制度は、ブラジルのゲデス経済相が「模範」としていることで知られている。左派政権がバラマキを拡大した後、右派政権が支出カットしたことで国民の不満が爆発したというのが基本的な構図だ。

 ここで、シーソーゲームのように右左に揺れてきた中南米の政権の盛衰を振り返ってみたい。

▼CIAのコンドル作戦で軍事政権が続々成立

 貧困層が多く、格差が大きい社会という特徴を持つ中南米では、国民の政治的なスタンスのデフォルトが左派という雰囲気が濃厚なところが多い。

 その情勢から「ほっておけば共産主義革命が起きる」と心配した各国の軍部が、60~70年代に相次いで軍事クーデターを起こした。

 その重要な背景といわえるのが「コンドル作戦」だ。これは、米国のCIAが70~80年代に中南米の左派勢力を弱体化させるために、当時の軍部や現地の諜報組織に資金や情報、軍事支援をして左派系リーダーを失脚させようと秘密工作した計画のことだ。

 その結果、1964年のブラジルを先頭に、アルゼンチン、ペルー、ボリビア、チリ、ウルグアイなどで軍事政権が成立した。この時代には、コロンビア、メキシコ、コスタリカ、ベネズエラ等を除いた大半のラ米諸国で軍事政権が成立した。

 それが80~90年代に次々に軍政が行き詰まり、民主主義政権が復活した。民政移管して、しばらくすると再び左派政権が戻って来た。

 《左傾化のきっかけは90年代に米国が主導する国際通貨基金(IMF)が南米各国に押しつけた新自由主義政策だ。
 民営化や規制緩和を過度に進めた結果、地場産業が崩壊し失業が増大して格差が拡大した。「IMFの優等生」といわれたアルゼンチンでは金融危機に陥って暴動となるなど各国で社会が混乱し、大統領選挙では有権者が新自由主義反対を掲げる反米左派の候補に流れた。
 これら左派政権の国は経済では南米南部共同市場(注=Mercosul)に結集し、政治的には04年に南米国家共同体(注=UNASUL)の構想を打ち出した。米国が進める米州自由貿易地域(注=FTAA)に対抗する構えだ》(「勢いを増す南米の左派政権」伊藤千尋 朝日新聞記者/2008年、出典=(株)朝日新聞出版発行『知恵蔵』)

 極論すれば、中南米が左傾化するときにはキューバが、右傾化(=反左派化)するときには米国がテコになっているといえそうだ。

▼軍政終了後、ドミノ倒しのように左派政権成立

 軍政が終わって10~20年後、1998年に始まったベネズエラのチャベス大統領を手始めに、2000年代には再びドミノをひっくり返すように左派政権が次々に生まれた。

 2003年からはブラジルのルーラ大統領とアルゼンチンのキルチネル大統領、05年にはウルグアイのバスケス大統領、06年にはボリビアのモラレス大統領、チリのバチェレ大統領、ペルーのガルシア大統領、エクアドルのコレア大統領、07年にはアルゼンチンでキルチネルの妻クリスチナ・フェルナンデス大統領と、次々に左派政権が誕生した。

▼2015年からは再び右傾化の波始まる

 だが2015年11月、アルゼンチンのクリスチナ大統領が、中道右派のマウリシオ・マクリ氏に大統領総選挙戦で思わぬ敗北を喫したことが、潮目となって今度は右傾化が始まった。

 その1カ月後にはベネズエラで、無敵を誇っていたチャべス派マドゥロ政権が一院制国民会議の議員改選で、議席過半数を反対派にとられた。その野党指導者フアン・グアイド氏が米国に後押しされて「暫定大統領」を名乗り出て政治混乱が始まった。

 2016年2月には、ボリビアのエボ・モラレス大統領も、憲法改正をもって新に大統領の無期改選を図るべく召集した国民投票で圧倒的に敗北した。にも関わらず、今回の選挙で出馬して当選したと発表したことで、現在の混乱が始まった。

 更に2016年5月には、ブラジルで左派ジウマ大統領の弾劾審議が始まった。臨時大統領に昇格したのは、中道右派のテメル副大統領。そして昨年10月には極右候補のボウソナロが大統領に選ばれ、就任した。

チリのセバスチャン・ピニェラ大統領とペルーのマルチン・ビスカラ大統領(10月10日、Presidencia Peru)

 その間、昨年1月に行われたチリ大統領選の決選投票で、保守派のピニェラ前大統領が返り咲いた。

 右派政権に共通しているのが、「小さな政府」「緊縮財政」を志向する方向性だ。「左派政権のバラまき政策で財政破綻した国家財政を立て直す」という名目で、最も金食い虫の年金、公務員、福祉、医療、教育などの予算を削減する。
 この時に、社会格差を拡大する方向に予算削減したと国民が感じたとき、怒りが爆発するようだ。

▼2018年からまたもや左傾化の動き

 だが、早々と左傾化の波も生まれている。
 メキシコでは昨年11月、左派オブラドール氏が53%という歴史的な得票率で勝利を収めた。そして先月27日は、アルゼンチンで左派フェルナンデス氏が勝利した。
 ウルグアイでは、左派バスケス氏の後任を問う大統領選が先月実施され、同じく左派のマルティネス氏がリードしたまま今月、決選投票に進んだ。
 エドアルド下議の過激な発言は、中南米全体で起きているそんな左派巻き返し、各地でのデモ激化という流れへの過剰反応だったといえそうだ。

▼南米の優等生だったベネズエラ、そしてチリへ

 フォーリン・アフェアーズ・リポート2018年12月掲載論文には《ベネズエラの自殺――南米の優等生から破綻国家への道》が掲載された。チリ以前に「南米の優等生」だったベネズエラを分析したものだ。その要約は次の通り。

《インフレ率が年100万%に達し、人口の61%が極端に貧困な生活を強いられている。市民の89%が家族に十分な食べ物を与えるお金がない。

 しかも、人口の約10%(260万人)はすでに近隣諸国に脱出している。かつてこの国は中南米の優等生だった。報道の自由と開放的な政治体制が保障され、選挙では対立する政党が激しく競い合い、定期的に平和的な政権交代が起きた。

 多くの多国籍企業が中南米本社を置き、南米で最高のインフラをもっていたこの国が、なぜかくも転落してしまったのか。元凶はチャビスモ(チャベス主義)だ。キューバに心酔するチャベスと後任のマドゥロによって、ベネズエラは、まるでキューバに占領されたかのような大きな影響を受けた。

 でたらめで破壊的な政策、エスカレートする権威主義、そして泥棒政治が重なり合い、破滅的な状況が生み出された》

 ブラジルでもPT左派政権は、ボウサ・ファミリアやノッサ・カーザなどのバラまき政策を通して政府支出の拡大を図ってきた。その支出拡大に耐えきれなくなって、財政均衡を崩したという罪状でジウマ大統領は罷免された。

 その後を継いだテメル大統領は「緊縮財政」を打ち出し、今年から就任した右派ボウソナロ大統領は赤字財政の根本解決手段として、手始めに社会保障改革、さらには税制改革も実行すると公約している。

 実際に10月23日に上院でも可決された社会保障制度改革は、年金生活者への受給額減少を強いるものだ。現在、国民は理性的にそれを受け入れている。だが、来年の選挙では左派陣営がそれを感情的に叩くことは目に見えている。

 それに加えて現在、連邦政府が公立病院や連邦大学に回す予算が凍結状態であり、抗議行動をたびたび誘発してきた。来年、再来年からブラジルでも年金制度の変更を国民が肌身で実感するタイミングになる。

 そんな3年後には大統領選がある。

▼チリの社会保障制度は本当に模範なのか?

 実際、28日付エスタード紙には「経済スタッフは『チリ現象』を心配」との記事が掲載された。新社会保障改革を通過させたばかりのブラジルでは、経済運営スタッフが「この改革は社会格差を縮めるためのものだ」と見せようと苦心しているとの記事だ。

 ピノチェト独裁政権だった1981年に、チリは社会保障制度の民営化を実現した。後にアルゼンチンやペルーなどの他のラ米諸国に移植された一つのモデルとなった。

 この制度は米国で訓練されたエコノミストたち、いわゆる「シカゴ・ボーイズ」によって進められた。彼らは1973年から1990年の軍事政権の期間中に、チリで「新自由主義的経済モデル」を実行した派閥だ。

 ブラジルのパウロ・ゲデス経済相も、まさにこの「シカゴ学派」の一人だ。だからブラジルもチリをモデルにしている。

 最初こそ、この制度のおかげで一時は「チリの奇跡」などともてはやされた好景気を迎えた。だが、状況は変わった。労働者の多くはこの年金の金額、月平均300ドルには満足していないと報じられている。

 国際社会保障協会(ISSA、国際労働機関の外局)は、《チリ社会保障年金制度の1981年の構造改革は、民間の確定拠出制度による賦課方式制度(PAYG)の転換をもたらした。一部の人にとっては、これは個人の責任を増すための歓迎される機会となったが、他の人にとっては、社会連帯の原則の弱体化を示すものであった》と見ている。

 さらに《チリの年金受給者全体の半数以上に公的資金による社会扶助が必要であると推定される。このような課題はチリ特有のものでなく、個人口座制度を導入した他の南北アメリカ大陸のすべての国でも同様である》(ソーシャル・ポリシー・ハイライト13号)

 つまり、莫大な年金資金の運営に国家が責任を持つのではなく、極力、民間に任せた結果、格差が拡大したようだ。

▼チリの事例はブラジルでも起きえるのか?

 「南米の優等生」と呼ばれるだけあって、チリは2010年に経済協力開発機構(OECD)入りを果たした。中南米ではメキシコ(1994年)に続く快挙。

 OECDは、世界のメディアにおいて「金持ちクラブ(Rich Men’s Club)」と揶揄されるほど、経済的な優等生国が集まった組織だと言われる。

 現在までに中南米で加盟したのは、コロンビア(2018年)を加えて3カ国のみ。ボウソナロ大統領は「OECD入り」を公約に掲げているが、まったく見通しは立っていない。

 軍事独裁政権が1990年崩壊して以降、チリはラ米諸国の中では、最も経済や生活水準が安定し、政治体制や労働制度において最高度に自由度の高い民主的な状態を保ってきたとされている。

 たとえば2018年の「一人当たりの名目GDP(USドル)ランキングでは、世界55位(1万5901米ドル)を誇り、75位のブラジル(8958米ドル)を大きく引き離している。

 ただし、国民の所得格差・不平等・教育への公的予算は、OECD36加盟国中で最低だ。

 「国が豊かになれば皆が喜ぶ」と考えがちだが、社会格差が酷いまま豊かになると、貧富の差が余計に開く。豊かになる一握りの人と、貧しいままの圧倒的大衆という図式が目立つようになる。一人当たりの「平均値」がいくら良くても、国民には鬱屈がたまる。

 それが今回爆発した。

 冒頭の記事でフッキは「我々はもっと効率的かつ、感情のこもった国家運営を心掛けないといけない。もし私たちが国民を丁寧に扱わないなら、この国は破裂してしまう。なぜならあまりに格差が酷いからだ」と続けた。
 「今すぐにブラジルでも(チリと同じ様な)抗議行動激化が起きるとは思わない。でも、このまま生活が良くならなければ分からない」とも。

 彼の人気番組「カウデロン・ド・フッキ」は貧困階級が喜ぶようなシンデレラ・ストーリー的企画が山盛りだ。ブラジル最大TV局グローボがイメージ作りのマーケティングを担当し、立候補の下地作りをしているかのようだ。

 ボウソナロは、グローボなどの大メディアと対立して見せることで「極右」支持者を増やしてきたのに対し、フッキはその大メディアをバックに、「中道右派」という立場を推し進めて、左派の独壇場だった大票田・貧困層に食い込もうとしている戦略を感じる。

 3年後の大統領選挙では、本当にボウソナロ対フッキということもありえるのかもしれない。(深)

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