ホーム | 特集 | 【2020年新年号】 | 【2020年新年号】プロ和太鼓集団が魅せる!=日本への誇り演奏に込め=単独公演でブラジル人魅了

【2020年新年号】プロ和太鼓集団が魅せる!=日本への誇り演奏に込め=単独公演でブラジル人魅了

 ブラジル日系社会では様々な日本文化が受け継がれており、イベントでは日本舞踊、和太鼓などをよく目にするところだ。その中には、趣味としての活動ではなく、芸能の「プロ」としてブラジル一般社会を相手に果敢に挑戦する団体もある。プロだから「弁当代」では来てくれない。だが「それ以上のもの」を見せてくれるから存続している。和太鼓で勝負をかける2団体に話を聞いた。(岡本大和記者)

 

和太鼓 生=日伯のルーツを武器に

和太鼓でブラジルに挑む『和太鼓 生』(提供写真)

 その一つは和太鼓演奏グループ『和太鼓 生(しょう)』(木下節生代表)だ。サンパウロ市を拠点に各地で演奏を披露し、単独公演ではチケットが発売直後に完売する人気ぶりだ。
 1999年に前身となる演奏グループで活動を始め、2002年から『生』として活動を開始。木下代表(51、二世)、妻の岩本光惠さん(50、奈良県出身)、日系・非日系ブラジル人、中国人の7人からなる。
 舞台では和太鼓の伝統的な演奏法を基本としながら、サンバのリズムやブラジルの打楽器も織り交ぜ、伝統と現代、日本とブラジルの文化を融合させたパフォーマンスで観客を魅了する。
 木下代表は「日本の和太鼓演奏グループでも、ただ伝統をくんで演奏するだけでなく、演出家と協力するなどして、各々の個性を発揮している」とした上で、『生』の特徴を「日本のルーツを誇りにしながら、ブラジルの要素も取り入れている点」と説明する。
 木下代表が和太鼓奏者を目指すきっかけとなったのは、日本に留学していた95年。当時鍼灸師を志していた木下代表は、奈良県明日香村を拠点に世界各国で演奏活動を行う和太鼓プロ集団「倭(やまと)」の演奏を見る機会があった。
 「すさまじい迫力で衝撃を受けた」と演奏に心を動かされ、倭の下で指導を受けることに。そこで和太鼓奏者としての技術を身につけた。
 現在は『生』としての活動を行う一方、サンパウロ市ビラ・マリアナ区のスタジオで和太鼓教室を開いている。約110人の生徒を抱え、生徒からなる「節生木下太鼓グループ(SKTG)」としても各地でボランティアの演奏活動を行う。

SKTGのメンバー(提供写真)

 木下代表は日本の和太鼓国際大会にも出場。サンパウロ州からも音楽振興が認められ表彰を受けている。『生』の活動と和太鼓教室での指導をなりわいとしており、まさに「和太鼓のプロ」だ。
 しかし、最初から順調に歩みを進めてきたわけではない。
 岩本さんは「和太鼓の演奏で出演料を設定したのは、木下代表が最初ではないか」という。木下代表は「和太鼓演奏をパフォーマンスとして確立したかった」としたが、当時の日系社会では和太鼓に関わらず無償での出演が一般的で、周囲の反感もあったそう。
 日伯の文化を織り交ぜた『生』のパフォーマンスに対しても「日本の伝統文化ではない」と否定的な声もあったとか。
 転機となったのが04年、日本太鼓連盟の小口大八副会長(当時)に『生』の演奏が認められ、長野県岡谷市で開催された「第5回世界和太鼓打ち比べコンテスト」(岡谷市主催)に日本国外から唯一の出場を果たしたこと。
 「小口氏に『生』を認められ、日系社会でも徐々に受け入れられるようになった」と話す木下さんは顔をほころばせた。
 木下さんは日伯両国をルーツとするパフォーマンスを『生』の「ブランド」とする一方、日本文化への強いこだわりも見せる。
 和太鼓教室では礼節に関する規則を定め、時間厳守、身だしなみ、道具の扱い方などの指導も厳しく行う。日本では一般的なものも多いが「ブラジルにない習慣も多く、守ってもらえない時もある」と苦心している様子。
 岩本さんによれば、木下さんは「昔ながらの日本人気質」で、厳しい指導のあまり辞めていく生徒もいるのだとか。「ここブラジルで、ブラジル人を相手に完全な日本を作るのは難しい。だがより良い和太鼓の演奏のために、ブラジルの良さも取り込みながら、できる限り日本文化を残していきたい」と話した。『和太鼓 生』の和太鼓教室連絡先▽電話=11・98132・9905(木下節生さん)▽ホームページ=http://www.taiko.com.br/▽住所=R. Vergueiro, 2676 – Vila Mariana(上階)

 

日伯間で揺れたアイデンティティ=「和太鼓は自分の誇りのため」

大太鼓を叩く木下さん(提供写真)

 現在では『和太鼓 生』代表として、ブラジルにおける日本文化発信の第一線で活躍する木下節生さん。しかし和太鼓に出会うまでには、日系人ならではの苦悩もあった。
 木下代表は「日本人」として育てられた。自身もそのルーツに誇りを持っていたが、非日系人にからかわれることがしばしばあったという。
 日系社会では日本の伝統芸能が親しまれているが、非日系人からは文化や感性の違いから「かっこ悪い」と言われることもあり、「日本にルーツがあることは誇らしいが、それを認めてもらえないもどかしさがあった」と語る。
 そんな中で見つけたのが和太鼓だった。「実際に見て聴いた時の迫力が忘れられなかった。これならブラジル人にも胸を張って見せつけ、日本の良さを分かってもらえると思った」。和太鼓と出会い、日系人としてのアイデンティティを上手に表現できる方法を手に入れた。
 だが、和太鼓奏者になることに両親は反対だった。「大学ではコンピュータ関係の専攻で、周囲の同世代の日系人も医師やコンピュータ関係など堅実な職業を選ぶ人が多かった」という。
 木下代表の妻・岩本光惠さんは、木下代表と同世代の日系人のことを「ブラジルにいながら家では日本人としての教育を受け、多くの人が人格形成に際し、日本とブラジルのはざまに立たされたのではないか」と考察する。
 今ではブラジル人も和太鼓に関心を持ち、木下代表の和太鼓教室を訪ねてくるとか。岩本さんは「日本のことを知りたいという人が、木下代表が見せる『日本』を見に来るのだと思う」と話した。
 木下代表も「日本の文化も風土も好きで、誇りに思う。だから自分の教室はせめて小さな『日本』にしたいと考えている」と語った。

 

わだん太鼓アンサンブル=プロを目指し思いを伝える

単独公演も行う『わだん太鼓アンサンブル』(提供写真)

 ブラジルの地で、日本神話を和太鼓の演奏で再現する――『わだん太鼓アンサンブル』(代表=青山明奈さん、淳さん)は、サンパウロ州アチバイア市を拠点とし、川筋清流太鼓の流れをくむ和太鼓演奏グループだ。

竹響を打ち鳴らすメンバー

 明奈さん、淳さん姉弟が2014年に結成。メンバーは日系人8人で、旧年10月には州内の2会場で単独公演を開催。サンパウロ市内で行った公演では、平日夜で40~100レアルの入場料を設定した中、非日系人や若者も詰め掛け約300人が舞台に見入った。
 『わだん』の公演は舞台演出家やダンサーを招いて構成され、『古事記』『日本書紀』に伝わる日本創生神話を、和太鼓のリズムに合わせて豊かな躍動感で表現した。演奏だけでなく、演技を見せる部分もあり、まるで和太鼓ミュージカルのような雰囲気だ。
 公演は、目隠しをしたメンバーがゆったりと円を描くように回りながら舞うところから始まる。それぞれが太鼓まではっていくと、太鼓をなで、腕やひじで軽くリズムを刻む。掛け声とともに本格的な太鼓の演奏が始まると、どんどん勢いを増していき、観客は一気に引き込まれる。

大太鼓にバチを振るう淳さん(提供写真)

 和太鼓の演奏を聞かせるだけでなく「見せる(魅せる)」ことにもこだわる。同時に「日本文化を残し発信する一方で、新しい考えも取り入れていきたい」と淳さん(30、二世)は話す。
 「太鼓を叩くのは誰でもできる。肝心なのは気持ちを込め、良い音を出すこと。聴いている人を驚かせ、影響を与えられるものを生み出したい」とし、太鼓を叩く技術だけでなく、呼吸法なども研究している。
 淳さんは同地で太鼓の指導も行っており、指導の際は「自分に指導を求めることは、技術以外にも何かを求められているのだと思う。だから太鼓を通して思いを伝えようと常に考えている」。
 『わだん』は「ワールド(世界)」と日本を象徴する漢字「和」の「わ」、「世界に向けて階段を一歩ずつ上るように成長していく」という意味で、階段の「段」を組み合わせた。さらに、「日本との出会いや音楽を楽しんでもらう団体」の「団」という意味も込められている。
 2002年に来伯した国際協力機構(JICA)シニアボランティアで和太鼓指導者の小田幸久さんが、ブラジル全国を指導で巡る中でアチバイアでも太鼓を教え、アチバイア清流太鼓が誕生。青山さん姉弟もそこで和太鼓を習い始めた。
 最初は太鼓がなく、竹響(ちっきょう)や代替品のタイヤで練習していたという。「最初は姉が熱中していただけで、自分はそれほど乗り気ではなかった」と淳さんは明かした。それでも和太鼓を続けた理由は「姉に負けたくなかったから」だそう。
 小田さんの帰国後も、アチバイアには日本人の和太鼓指導者が途切れることなく訪れ、05年にアチバイア清流太鼓はブラジル太鼓選手権大会ジュニア部門で優勝。翌年長野県で開催された「第8回日本太鼓ジュニアコンクール」にも出場した。
 青山さん姉弟は07年から和太鼓の演奏技術向上を目指し、日本へ留学。福岡県で川筋太鼓を学んだ。帰国後も2人は和太鼓の演奏に励むが、仲間が大学受験などを機に辞めていく中で「好きな和太鼓で生活していきたい」とプロを目指すことを決意。『わだん』の結成に至った。

生き生きとした舞いを披露する明奈さん(提供写真)

 最近では企業の集会や祭り、パーティーなどの出演依頼が多く、淳さんによれば「和太鼓はエネルギッシュでポジティブな印象を与えられる。他にも礼儀やチームワークなど、日本文化の良いイメージを伝えてほしいという意図で依頼される」という。
 月に3、4回演奏に行くが、現状『わだん』の活動だけで生計を立てるのは難しい。「出演料も太鼓のメンテナンスなど経費をまかなうのが限度」。淳さんはデザイン業をしながら演奏活動を続けている。
 「将来的には和太鼓演奏のプロとして生活できればと思う」と展望を明かし、「太鼓は叩くだけのものと言う人もいるが、『演奏を通して人に思いを伝えられる』のだと知ってほしい」と力強く述べた。『わだん太鼓アンサンブル』連絡先▽電話=11・99956・4171(青山明奈さん)▽メール=wadan@atibaiataiko.com.br

image_print

こちらの記事もどうぞ