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「文化局長の心構え」とは

ジルベルト・ジル(Agencia Brasil)

 先週、ブラジルでは連邦政府の文化局長ロベルト・アルヴィム氏の「戦慄」とも言える突然の動画発表で大騒動となった。ナチスの音楽の象徴となったワーグナーのオペラをバックに、悪名高き情報相ヨーゼフ・ゲッベルスの発言をソックリ模倣し、「芸術の国への奉仕」を呼びかけたためだ。

 この異様さには、国内のボウソナロ大統領の支持者や、極右思想化のオラーヴォ・デ・カルヴァーリョ氏でさえ擁護できず、動画公表の約15時間後には大統領がアルヴィム氏の解任を発表するに至った。

 この件は、「ブラジルにおける極右思想も、怖くてここまでは近づけなかったか」を示す意味でも興味深かったが、それ以上に、「伯人の芸術家のメンタリティに“国に奉仕”という考え方はまず無理だろう」と、コラム子は改めて思った。

 「ナチス・ドイツ下の芸術」といって真っ先に思い出すのは、1936年のベルリン五輪を描いた記録映画「民族の祭典」だが、レニ・リーフェンシュタール監督の描いた、均整の取れた圧倒するように美しい映像美ながら、感情的な部分も抑制されたこの作品は、古くから神経質で哲学的な印象があり、集団行動を得意とするドイツ人だからできるものだ。集団よりも個人を、規律よりも情熱を重んじる南米人の気質には、とても合いそうな気がしない。これはアルヴィム氏がごり押ししたところで難しかったのではないかと思った。

 現在、ボウソナロ大統領は文化局長の後任を物色中で、自身のファンを公言する女優レジーナ・ドゥアルテを選び、本人の承認を待っている段階だ。軍人の娘として生まれ、1960年代後半に20代前半の若さでグローボ局のドラマのスターになって以来半世紀、蝶よ花よと育てられてきた。「ブラジルの恋人」とも呼ばれてきた彼女は、ブラジル芸能界では珍しい保守派一筋で通してきた人だが、政治的な活動などは70歳を超えた今もしたことがない。その状態で、大臣職がつとまるかは未知数だ。

 そんな折、ブラジル音楽界の大御所、ジルベルト・ジルがこの問題について発言した。ジルと言えば、ルーラ政権の2003年から2008年にかけて、文化相をつとめていたことでも有名だ。その彼がネットに、自身が2003年に文化相に就任した際の演説の内容を改めて掲載したのだ。

 就任の際に彼は「国に文化は作れない。だが、人々に文化を良いものの象徴として触れさせ、文化を生み出すための最低限の環境作りを、外面的にも内面的にも整えることはできる」「国に文化は作れない。だが、文化で一般社会の促進をはかることならできる。なぜなら、文化に触れるというのは、健全な社会の状態において、教育や保健を受ける権利と同じくらいに基本的なことだからだ」と語っていた。

 ジルと言えば、北東部のバイアで、黒人家庭としては異例の医者と教師の息子として育ち、20代の頃には軍事政権に対し、社会と表現の自由のために戦い一時的に亡命も余儀なくされ、遂には全世界にファンを持つほどの国際的な音楽スターになった存在。そんな彼だからこそ説得力のある言葉だ。

 そんなジルは、芸能関係者の多くが一様に難色を示す中、レジーナの文化局長就任に前向きなエールを送っている。ただ、その条件として、「私と同じような物の見方を持つこと」をあげている。(陽)

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