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臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(211)

 ときには冒険心をおこし、塀と車道の間の歩道まで出て行った。庭には砕きとうもろこしを食べる七面鳥がいて、子どものちょっかいに応える。二人は「ピイルウ(七面鳥のこと、ペルーという)」と声をそろえて呼ぶと、「グル、グル、グル」と気持ちわるい赤い何重もの顎肉を震わせながら返事をした。何回も何回もそれをくり返したが、飽きるのは七面鳥ではなく子どもの方で別の遊びを探しにいってしまう。
 家の3軒むこうに、白に近い金髪で、青みがかった真っ白な肌の女の子が住んでいた。スエーデン人の子どもで名前はケルカといった。年齢は3歳ちょっとで、ポルトガル語が話せなかった。いや、まだ、なに語も話せなかった。
 小さい子どもに優しいヨシコが気に入っているようだった。ジュンジはヨシコの反対で、いつも不機嫌そうな顔をしていた。日本人の母親は息子の髪の毛をお椀のような型に切る。ジュンジの髪型も同じでしかも髪が硬く、つっ立っていた。ケルカの肌にくらべると、ジュンジの肌は生まれつき黒いうえに日焼けして真っ黒だった。二人が並ぶと別世界の子どもにみえた。ジュンジはこんなに真っ白い子をみたことがなかった。それでいて、二人はすぐに仲よくなった。
 はじめての洗濯屋の仕事をおえた両親と兄たちが帰ってきたときには、ネナはなんとか夕飯を作り終わっていた。主食はご飯とフェイジョンだ。おかずはキャベツと牛の骨付きあばら肉を煮たもの。あばら肉は脂肪分が多く、野菜とよくあった。肉の味が葉にしみこみ、葉の味が脂にしみこんだ。みんなはアララクァーラ時代から食べなれていたし、サントアンドレでも容易にあばら肉が入手でき値段も安かった。町の肉屋でいちばん安いのがあばら肉だ。貧乏でも食卓に肉は欠かさなかったのだ。

 正輝はいちいち仕事のもうけを計算しなかった。その日その日を生きていければ十分で、金儲けなど考えず、将来、経済的に安定しなくてはいけないとも思わなかった。けれども、洗濯業は彼にもまた家族にも全く新しい仕事だった。今後への不安感と焦燥心とが襲ってくる。その夜、今日1日の決算をしてみることにした。そうすれば1週間の見当、いや、もしかしたら1ヵ月のことが把握できるかもしれない。
 その日のお客さんは3人だった。いずれも以前からの顧客だ。すでに前日まで店にあった服は上着2着の洗濯と、ズボン3本のアイロンかけ、新しくきたのは上着3着。計算してみてがっかりした。このままのやりかたでは家賃を払うのがやっとだ。たとえ残ったとしても、家族を食べさせるのがやっとだ。
「今日はよくなかったけれど、明日から好転するに違いない」と正輝はは楽天的に考えた。
 宣伝ビラを作りアキミツとセーキに近所に配らせた。その効果があったのか、次の日から客が少しばかり増えた。けれども、増え方があまりにも緩慢なので、洗濯と干し物を担当している両親、アイロンかけ担当の息子たちが疲れを感じるほどの量ではない。
 正輝はみんなを励まして、「今はこの調子だが、これから先はきっと仕事が増えるよ」。
 こうして日々が過ぎていくうちに、2ヵ月が過ぎ、学期末までアララクァーラの田場けんすけの家にあずけていたミーチとツーコを迎えに行く日がやってきた。12月の2週間目に正輝は二人を迎えにいった。二人は早く家族に会いたがり、また、新しい家も知りたがった。どんな家か? 家具の配置はどうか? 学校は遠いか? 七面鳥はどうしているか? とやつぎ早に質問してきた。

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