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臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(215)

 そのために経費はかかったが、正輝はお客を増やすには宣伝する以外に方法がないと思っていた。朝市は、顧客が買うつもりでくる場所だが、商店街は違う。だから、宣伝をする必要があるのだ。ポルトガル語でお客をフレゲーザというのだが、房子はフレゲージャと発音した。朝市のフレゲージャは品物のよしあしと値段をみて判断する。けれども、洗濯店の前を通る客はなかに入って仕事の質をみたりはしない。客、特に近所の客の関心を引くには広告びらを印刷して配る必要があるのだ。
 その結果に正輝はいつも不満だった。
「どうして、うちにだけお客がこないんだ?」
 広告の効果のなさに憤慨する。
 収入のすくなさは、これまで限られた支出でどうにかやってきた生活をさらに脅かした。必要経費は住宅と洗濯屋の家賃、店の回転資金のほかに、水道、電気代、日常生活品などだからこれを削ることはできない。それでも、とにかく削れるものは削った。レジャー代を削ることなど考えもできない。家族はそのために一銭だって使ったことはない。アララクァーラで正輝が上の子二人を連れて一ヵ月に一度いっていた映画など、サントアンドレに住んでみると家族には贅沢中の贅沢なのだ。となると、衣料と食料の経費を削るほかない。
 子どもたちの洋服は房子が古いシンガーのミシンで縫った。そのミシンはジャカランダーの家具とならぶ一家の財産だった。ただしそれまでシャツにはリネンを使っていたが、今回はタヴァーレスさんのパン屋から買った小麦粉の袋を使った。袋は「バナナの値段」といわれるぐらい安かった。まず、袋は漂白剤で色を抜き、何回も洗って生地をやわらかくした。それでも、製粉所の印が袋に残り、房子はシャツを縫うときそれが表にでないよう苦労した。
 靴は小学校のユニフォームに含まれているから町では生活必需品になる。ただ、ミーチは通学する以外は裸足で歩きたがった。房子は町で底に使い古したタイヤを使った強い皮の靴をみつけた。安くて長持ちする家族に適した靴だ。しかし、そんな靴を買うにも金がたりなかった。そのころ、庶民用の「アルパルガータ・ロダス」という靴があり、アララクァーラのマッシャードス区の田場やマネー・プラッタのように多少余裕のある家庭の子どもたちが履いていた。底が植物繊維のズックの靴で、紐で足に結び付けるようになっていて、革靴よりずっと安かった。房子はそれを探して、下の子どもたちに買ったが、あまりの耐久性のなさに、こんなことなら、もう少し倹約して、皮の靴を買うべきだったと後悔したほどだ。
 食を減らすわけにはいかないが、もっと安い品を買って、経費の節約はできる。肉類ははずせない。そこで、豚肉の代わりに肺、胃袋、肝臓、心臓などの内臓や豚の足、鶏の頭などが毎日の献立に取り入れられ、家族に歓迎された。野菜類はもともと安いものだから、たとえ半分に減らしても家計にはまったく影響がなかった。また、肉やその他の食料を減らしても主食の米を倹約するわけにはいかなかった。
 まるで、沖縄シチューのような豚の内臓とハヤトウリの煮込みが食卓に上がった。材料はすべて2センチほどの角切にされ、手に入りやすくなった味噌を混ぜ合わせ、内臓を加えて煮込む。肝臓などは形がなくなるほど煮崩れて汁を濃厚にした。味噌の色と混ざって特別な色になる。料理担当のネナは心臓が筋肉質でなかなか煮えないので、ビーフのように焼いたりした。

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