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記者コラム「樹海」京大式「半自粛のススメ」をブラジルでも

 ブラジルでは連日1千人前後のコロナ死者を記録し、24日時点で死者総数が2万2165人になった。感染が、海岸沿いの大都市から内陸部へとどんどん広まっている。
 にもかかわらず、大統領の周辺は、疑惑の閣議ビデオ公開で大混乱状態にあり、今やいつ罷免請求が始まってもおかしくない流れになりつつある。
 大統領は個人的に外出自粛解除を訴えて、休日に大統領官邸やブラジリア周辺を出歩いて、ファンとの接触を繰り返し、社会的隔離を強く主張する州知事らとの対立を強めている。
 世界的なコロナ禍においてすら、ブラジルという国は団結して対策に当ることを知らず、むしろ混迷を深めるばかり。日本はもちろん世界中のマスコミは、それを取り上げ「南米が世界の感染中心地になった」と心配する報道を繰り広げている。ブラジルの国としての評判は落ちるばかりだ。
 国内大手マスコミは、ひたすら死者数と感染者数を伝える恐怖マーケティングで国民の心に恐怖心を刷り込んで、「世界保健機構(WHO)が社会的隔離をしっかりやれば良いと言っているから、ブラジルもやるべき」「家に居ろ!」を繰り返すばかり。
 どんなに会社破産・商店閉鎖が激増して失業者が増え、せっかく農家が生産した花や野菜が売れず、ブラジル経済が破壊されても「死者が増えるよりマシでしょ」と見て見ぬふりをきめ込んでいるようにすら感じる。
 主要国内メディアのニュースを始め、一部の州知事らは頭ごなしに、「経済は後からでも取り返せる。今は人命が最優先。どうしてそんな単純なことも分からないのか」と呪文のように繰り返すのを聞きながら、首をかしげている。
 「はて、平時ですら景気高揚が難しいのに、100年に一度という深刻な大不況になりそうなコロナ後の経済を、どうやって復興させられるのだろう。そんな復興プランがあるなら、先にキチンと教えてほしい。そんなプランがあって、しっかりと休業補償をしてくれるなら、みんな安心して自宅待機して耐えるのに…」と切実に感じる。
 「そんなに簡単に回復させられる経済手腕があるなら、まったくの平時にも関わらず、どうしてこの4年ほどは景気高揚できなかったのか?」と問いたい。

「コロナ禍における新しい日常」の指針とは

 ブラジルではトップ同志がいがみ合っているのに加え、国民もお上が強いる外出自粛を尊重しない気質と、出来ない現実がある。先進国とは根本的に違う。その結果「意図しない集団免疫」へ向かっているように見える。今後の流れが外出自粛継続であれ解禁であれ、結局は各人が自己責任において、常に「半自粛」体制で自衛しながら生活をする必要がある。
 このパンデミックが、人口の60~70%が感染して集団免疫にならないと終息しないなら、いま都市封鎖をして感染を遅らせても「問題を先延ばしにするだけ」という部分がある。いま「感染率が低く抑えられた」と喜んでいても、将来必ずやって来る。
 そんな中で、一足先に日本では外出制限が解けはじめ、「コロナ禍における新しい日常」をどう過ごすべきかという指針が出てきている。これは大いに参考になる。
 コロナとの戦いは長い期間に及ぶことは、多くの識者が指摘している。その間、自粛と半自粛を繰り返すしかない。
 「半自粛」に関して、もっとも実践的だと感じたのは京都大学レジリエンス実践ユニット(藤井聡ユニット長)が提案する『「半自粛」のススメ(「防災」から「減災」へ)』だ。ユーチューブ動画(25分、https://www.youtube.com/watch?v=3VAiuNFuzJM)があるのでそちらを見てほしい。


 国土防災の専門家である藤井教授と、ウイルス学の宮沢孝幸准教授(京都大学再生・ウイルス医科学研究所)に加え、都市の環境衛生学に詳しい高野裕久教授(京都⼤学地球環境学堂 環境健康科学論分野)の協力で考えられた分かり易くて実践しやすいアイデアだ。
 根本的な考え方は《「医療崩壊」を回避しつつ、新型コロナウイルスによる「死亡者数」「重症者数」の抑制を重視すると同時に、その対策による「自殺者増」を含めた社会的経済的被害も踏まえた上で、長期的な国民的被害の最小化を目指す》というもの。

日本では1998年からの不況で自殺者が1万人増加した(同実践ユニットのリスク・マネジメントに基づく「新型コロナウイルス対策」の提案より)

 まったく同意する。ブラジルでもこのようなバランスの取れた考え方を打ち出す政治家や専門家に出てきてほしい。
 外出自粛が続くと航空産業、バス、電車、タクシーなどの交通機関、ホテル、観光業、飲食店、劇場、映画館、娯楽施設などが軒並み倒産することが世界中で予想されている。コロナ被害と自粛による経済破壊のバランスが難しい。
 いわく《自粛・禁止レベルが高すぎると、経済低迷による自殺者数の増⼤、貧困化による国民の幸福水準、健康水準の低下がもたらされる。一方、低すぎると、新型コロナ感染の拡⼤による死者数・重篤者数が増⼤する》《事実、「過剰自粛」が導く「不況/恐慌」は「自殺者」を激増させ、国民被害を激しく拡大するリスクがある》と列挙する。
 日本では失業率と自殺数のグラフが恐ろしいほど一致した動きをする。1998年の不況では、それ以前の年平均が2万2425人だったのが、98年以降の年平均が3万2561人に跳ね上がった。
 ブラジルの場合、自殺以上に危惧される特殊事情は治安悪化だ。自殺に向かわず、犯罪に向かう可能性が極めて高くなる。

会食の場、宴会に要注意

 コロナはパンデミックになり、災害自体を防ぐことは不可能になってしまったので、「防災」の考え方だけでは対応できないという。
 「防災」の考え方は「小地震なら高さ何メートルの堤防を作れば完全に防げる」という世界の話。巨大な防潮堤を作って、その中で国民は安全だと安心している。だが予想を超える大地震が起きて大津波が押し寄せたら大被害が起きる。
 一方「減災」は、大津波になる可能性があることを国民一人一人が意識して行動し、その時に備えた準備を怠らず、できるだけ被害を減らすという考え方だ。パンデミックは防げないレベルの大災害になってしまったので、後者の取組みで行くしかないと論じる。
 これは毎年のように台風災害の被害、10年単位で大震災が各地を襲っている日本だからこそ生まれた発想だ。台風を避けることも、大地震から逃げることもできない。
 現在の日本政府は「防災」の観点から「クラスター(感染者集団)対策で封じ込めていく」と考えており、それ以外の減災対策がおろそかになっていると指摘する。
 5月上旬に日本政府の専門家会議が発表した「新しい生活様式」には、感染防止のために最も重要な諸項目が書かれていないと言う。たとえば「飲み会自粛」がない。飲み会では、密室で、大きな声で話をして飛沫が飛ぶ中で、皿の上の食べ物を皆で摘まみ、時間も長いので感染する可能性が高いという。
 日本の新規感染者発見のピークは4月11日だが、その人たちが実際に感染したとみられるのは3月25日ごろ。「これは年度末のお別れ会、送別会です。そこで感染が一気に広がった」。その時に広がったから2週間後にピークが来たと、飲み会の危険性を指摘する。さらに「イタリアでも武漢でも宴会によって広がった」とも。
 これはブラジルの場合、カーニバルで感染拡大が起きた。本紙13日付『《ブラジル》コロナ市中感染、実はカーニバル前から?』
https://www.nikkeyshimbun.jp/2020/200513-13brasil.html)にある通り、2月初旬から市中感染が始まっており、2月21日からのカーニバルで一気に拡大した。
 日系社会でも様々なイベントで、多数の人が一堂に会して食事をする機会が多い。
 仕出し屋が用意した大皿から自分の分をとり分けて食べるブッフェ方式もよくある。だが、しばらくはこの方式はリスクが高いから止めたほうが良い。もしも感染者が大皿に向かって咳をしたら、その皿からとった人全員に広まる。弁当のようにあらかじめ各人の分を取り分けてある方が安全だ。

ムダな努力を省いて経済被害を最小限に

 厚生労働省クラスター対策班の北海道大学大学院、西浦博教授は「接触機会の8割削減」を唱え「8割おじさん」と呼ばれている。つまり、社会的距離を極限まで実行することで抑え込む「防災」の方向であり、それゆえに経済へのダメージは大きい考え方だ。
 対する藤井教授は「8割会わないことを実践すれば、たしかに8割広がらないかもしれない。だが、経済がものすごく傷ついてしまう。だとしたら8割感染させないにも関わらず、経済を傷つけないという方法もあるにも関わらず、それに対する努力、検討が足りない」と切り捨てる。
 専門家会議の「新しい生活様式」には「社会的距離の確保」(周りの人と2メートルの距離を保つなど)が絶対条件の様に書かれているが、「感染防止のためにはあまり役に立たないのに、経済社会に大きな被害を与えるような項目が多い」と藤井教授は批判する。
 これは、ブラジルの専門家やメディアもまったく同じことを言っている。
 藤井教授は「換気されていて、皆が発話しない空間。たとえば映画館、クラシックコンサート会場、電車の中、バスの中、レストランなどは、感染リスクがほぼゼロ」と指摘する。
 例えば換気された映画館で、マスクをして大人しく座って話をしなければ、すぐ隣の人にもうつす可能性はほぼゼロだという。

半自粛中に人が集まる場合の注意点

日本の厚生労働省が配布している咳エチケットのパンフレット

 京大式「半自粛」の基本方針は「手洗い・マスク・咳エチケット」の励行を前提としている。
 この「咳エチケット」とは、咳やくしゃみの飛沫により感染する感染症は数多くあるので、咳やくしゃみをする際にマスクやティッシュ・ハンカチ、袖を使って、口や鼻をおさえること。特にメトロや職場、学校など人が集まるところで実践することが肝要だ。
 基本方針は「高齢者・基礎疾患患者・妊婦の保護」。コロナ死者の多くが高齢者や基礎疾患者であることから、この層に注意を集中させることが大事だ。60歳以上の高齢者の死亡リスクは3~9%と高い。
 《死亡リスクが高い高齢者、ならびに、持病等をお持ちの方や、そうした方々と同居されている方等は、原則、イベントの参加の自粛を要請します》とある。
 つまり、本紙印刷版読者の大半は80歳前後以上なので、たとえ自粛解除になっても当分イベント参加は難しそうだ。
 自宅で若者が同居している場合も、できるだけ接触しないようにする。リオ市などが実施しているが、高齢者をホテルなどに保護する政策も必要だ。と同時に老人ホームなどの既存の高齢者施設の防疫対策を抜本強化する必要があると訴える。
 一方、50歳未満の非高齢者の死亡リスクは0・2%と非常に低い。50歳未満の感染者中、重症化するケースは約170人に一人、死亡するケースは約500人に一人だ。だが、少ないとはいえ、亡くなる人がいることは間違いない。多少なりとも症状が出た場合はしっかりと安静にして療養し、ハイリスクな人に近づかないことが特に重要だ。
 イベント開催の3方針は次の通り。ここでいう「イベント」とは、文化イベント・スポーツイベントだけでなく、勤務、授業、スーパー等商業施設の買い物など、あらゆる「密集的集団を形成する機会」を含む。
【方針1】高齢者等の参加自粛を要請。
【方針2】必要性を鑑みた大規模イベント(例えば100人以上)の自粛を要請。
【方針3】イベント開催時は常に「感染対策」が必須。
 《あらゆるイベントの主催者に「密閉空間」「密集」「近距離での会話」といった三つの条件の重なりを避けるために、十分な換気や消毒液対策、マスク等による咳エチケットの徹底、飛沫が飛散するリスクのある行為の自粛あるいはマスク着用の要請を通して、感染リスクをできるだけ小さくする取り組みを要請します。そして、それができない場合はそのイベントを中止ください》とある。
 【外出時の3注意点】としては①「飲み会/カラオケ/性風俗」は自粛継続。他の人と飲食中に近い距離で大きな声で話をしたり、接触することは自粛。これは「飛沫感染」を避けるためだ。
 レストランでは「楽しくおしゃべりしながら対面で食事」はダメ。発話すれば飛沫が飛ぶからだ。
 ②コロナウイルスは体液感染するので「鼻の穴、口、目を徹底的に触らない」。接触感染を避ける意味で、握手や抱擁も禁止だ。
 ③室内の場合は「換気の徹底」(広義の空気感染対策)も重要。飛沫(エアロゾル)を滞留させないで、風と共に外に出す必要がある。
 藤井教授は「この3つを守ってもらうだけで、感染リスクを8割程度減らせる」と断言する。
 乗り物に乗る時の注意としては、藤井教授が理事をする日本モビリティマネジメント会議が作った資料をある。それによれば、バス、電車、タクシーに乗っても次の3点を守れば感染リスクはほとんどない。
(1)「常にしっかり換気」(空気感染対策)
(2)「目・鼻・口は何が何でも触らない」(接触リスク対策)
(3)「話すならマスクをして小声で!」(飛沫感染対策)
 咳エチケットを守ってこの3点に気を付ければ、公共交通機関でも無駄に対人距離を開けずに、普通に利用して問題ないという。
 藤井教授は「クラスター対策を使いながら、感染しない、させない国民運動をしていくべき。自粛から完全オープンにするのでなく、半自粛にして都市を開いて経済を回していくと同時に、感染拡大を防ぐ」「我々が一番恐れているのは、第2波が来てロックダウンをやったら、大被害になります。感染が爆発しないように都市を回していくことが必要。1年、2年、場合によっては3年やっていく必要があります。息長く行動を変容していく必要があります。息長くウイルスと付き合っていくには、このような考え方が良いのでは」と提案して締めくくった。詳しくは動画を見てほしい。
 これが徹底できればブラジルでも、半自粛に切り替えても大丈夫だ。いたずらに政治的対立をあおるのでなく、きちんと科学的な知見に基づいた冷静かつ先を見通した対処が求められている。(深)

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