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中島宏著『クリスト・レイ』第12話

 夏の間は日が長いから、夕刻になってもまだ明るさが残っているが、冬になると黄昏は足早にやって来る。授業が始まる頃はすでに夕闇がすぐそこに迫って来ている。必然、教室はランプを使っての授業ということになる。
 陽が落ちると、この地方は内陸性の気候のせいで急激に気温が下がるから、一挙に涼しくなる。日によっては肌寒いほどになり、教室内の空気もひんやりとしてくる。その中でのランプに照らされての授業は何だか情緒があって、好ましい雰囲気を醸し出していた。
 マルコスは、この冬の間の授業が好きだった。
 昼間の仕事とは、まったく別世界の趣があって、その分、勉強もはかどるような感じがそこにはあった。彼の農牧場からこの学校までは五キロほどの距離があったが、通うのにはいつも馬を使った。授業中は、その辺りに適当に放して置けば、勝手に草を食みながら待っているから、まったく手がかからなかった。彼とこの馬の付き合いはすでに長年におよび、一緒に育って来たというような関係にあった。
 学校からの帰りは、辺りはすっかり闇に包まれているが、馬は真っ暗な中を迷いもせずに、確実に自分たちの家に戻っていった。マルコスとともに、この馬も通学していたのである。
 こんな日常の風景の中、時は思いがけないほど早く過ぎていった。
 それに伴って、マルコスの日本語も驚くほどの上達を見せていったのだが、彼自身は、それほどの時間が経ったという感覚はない。のめり込むようにして日本語を覚えていくうちに、いつの間にか一年が過ぎていくというような感じであった。
 そもそも、日本語を覚えようとしたきっかけは、ここにある教会に対する興味だったはずなのだが、それがいつの間にか立場が逆転して、教会のことは二の次になっていた。もっとも、教会への関心がまったく薄れたということではなく、日本語への熱意が強まったために、その分、教会のことは先送りというような形になったということであった。
 しかし、この日本語学校は、あの教会に直結したものであり、それによって運営もされていたから、この問題にまったく無関係ということではなかった。マルコスも折りにふれ、少しずつでもこの教会のことを聞き出そうとしたが、たとえばアヤにそのことを聞いてみても、それはもう少し経ってからの方がいいでしょうということで、詳しいことは一切、語ろうとはしなかった。
 別に、それをあえて聞いてみようともマルコスは思わなかったから、いずれ、そういう機会が来れば、彼女のほうから説明してくれるだろうと、それ以上は深追いしなかった。  ただ、そういう状況の中で、ほんの時々ではあるが、この日本語塾に奇妙な人物が現れることがあった。それも一人だけでなく、交代で二人の人物が現れた。奇妙だというのは、この二人は神父で、いずれもこの教会の重要な人物らしいのだが、周りがすべて日本人という中で、この二人の神父たちはドイツ人であったということである。  表面だけを見ると、この組み合わせはいかにも釣り合わないという感じのものであり、なぜ、大勢の日本人ばかりの集団の中に、たった二人だけのドイツ人がいるのだという不思議さが、際立つようにして生じていった。無論それは、教会関係の人間であることは想像できたが、それにしてもなぜ、ここにドイツ人がいるのか。疑問は膨らむばかりであった。

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