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中島宏著『クリスト・レイ』第45話

「ハハハ、、、それではまるで私がスパイか何かのようね。いいえ、残念ながらそのような者ではありません。隠れキリシタンについて詳しいのは、別に私だけでなく、私が生まれ育った今村では誰もが知っていることで、まあ、常識の範囲といってもいいでしょうね。
 そういう物語は、小さな時からいつも聞かされて来たから、自然に頭に入っているということね。もっとも、私の場合はそれだけじゃなくて、隠れキリシタン関係の教会で、その問題についてさらに詳しく勉強したというところはあるわ。でもそれは、私が興味があったからということで、別に教会から強制されたということでもないの」
「ということは、アヤはその教会からこちら、つまりブラジルに正式に派遣されたということではないわけだね」
「いいえ、私はそれほど立派な人物でもなく、教会に属した仕事を直接しているわけでもないわ。ただ、隠れキリシタンのカトリック信者として、日本にいたときも今も、ずっと教会にお祈りを捧げているということは事実ね。言ってみれば、それだけのことよ」
「でも、それにしては、ここの日本語学校で先生をしているし、こちらで生まれた二世たちにも、宗教のことで話をすることもあるし、何か、教会と直接結び付いているという感じもあるけど。僕は、アヤをそんなふうに見ていたけどね」
「そうね、そういう面から言えば、教会とまったく関係ないわけでもないわね。
 実は、アゴスチーニョ神父とは、大分前から面識があって、日本にいる頃からいろいろキリスト教やイエズス会について教えて頂き、学校も師範学校で勉強して、教師の資格を取ったらどうかと勧めていただいたの。君はそういう面に向いているようだから、将来は先生になったらいい、と言って下さったの。
 私が学校を卒業した頃に、アゴスチーニョ神父がブラジルの方へ宣教師として行かれることに決まりましたが、そのときに私に、どうだ、卒業したから私と一緒にブラジルへいって日系の人たちに日本語を教えてみる気はないかと、尋ねられたの。
 私は二つ返事で、行きますと答えたわ。私にとっては、海外へ行くということは夢みたいな話だったので、そういう機会があるのだったら、是非、行きたいと返事したわ。ブラジルに、私の故郷である今村から沢山の人たちが移民していることは前から知っていたので、一度、いってみたいとは考えていたわけね。
 もちろん、移民ということが決して簡単なことではなく、大変なことは想像していたけど、でも、新しい世界へ行けるということであれば、何を置いても行ってみたいと私自身が、そう決めたわけね。
 両親は、かなり驚いていたけど、結局、私の意志が固いことと、前々からそのようなことが起き得るということも、ある程度は覚悟していたみたいね。それと、アゴスチーニョ神父からの説得もあり、それだったらということで、案外簡単に許してもらえたの。
 私が卒業する前から、叔父の一家がブラジルへ移民するという話が持ち上がっていたので、これ幸いと、私はその叔父の家族ということにしてもらって、ブラジルへ移民することができたわけね。だから、私は正式な教会の要員としてこちらに来たのではなく、あくまで普通の農業移民としてこちらに来たということなの。

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