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《記者コラム》百戦錬磨のマガルー、攻めのマーケティング

文協で挨拶をしたルイザ・ヘレナ・トラジャノさん

 ブラジル女性で一番の資産家にして、最もやり手経営者が、昨年6月の「国際日系デー」を祝う文協イベントに出席していたことを覚えているだろうか。
 このパンデミック期間中もネット販売を拡大するなど、最も勢いのある巨大スーパー網「マガジネ・ルイザ」(以後、マガルーと略)経営審議会議長のルイザ・ヘレナ・トラジャノさん(68歳)だ。
 先々週の9月19日にマガルーは「2021年のトレイニー(研修生)募集は黒人に限定」との広告をだして、「逆差別ではないか」とSNS上で大波紋を呼んだ。26日午前現在で、リツイートは2800、コメントは1500、2万1200回も「いいね」ボタンが押されている。
 黒人とパルド(混血)層は、人口の半分以上を占めるにもかかわらず、企業幹部には30%以下しかいない現実がある。コロナ罹患者や死者、失業者、低所得者の中に、黒人とパルドの比率が高いことは、繰り返し報じられている。
 憲法上、本来なら「人種平等」が建前だ。だが司法関係者の中ですら「歴史的に蓄積されてきた格差を解消するには、黒人限定のアファーマティブ・アクション(特定優遇処置)は有効」と考える人もいる。

波紋を呼んだマガジネ・ルイザの黒人限定のトレイニー募集のツイッター

 マガルーは「我が社の社員の53%は黒人とパルドだが、幹部には16%しかない。それを改善するための対策だ」と説明している。パンデミックでさらに格差が拡大するブラジルにおいて、マガルーの試みは興味深いが、思想的な面で実にポレミックな方向性を持っている。
 続いて先週は、11月の統一地方選挙では黒人候補にしか選挙資金援助しないとの声明も発表され、「逆差別論争」という火に油を注いだ。
 マスコミが盛んにこの話題を取り上げることで、結果的にマガルーは広告費を払わずに、宣伝してもらった部分がある。しかも話題になりかたが、同社の主要顧客である黒人、パルド(混血)層に強い好感を呼ぶ方向にある。
 この思い切った社内人種格差縮小策は、当然のこと左派的なニオイが漂う。そこにボルソナロ支持者らはかみつき始めている。
 BBCブラジル23日付け(https://www.bbc.com/portuguese/brasil-54252093)「マガジネ・ルイザが黒人にだけ募集をかけるのは〝逆差別〟か」によれば、ボルソナロ派連邦下議カルロス・ジョルジ氏(PSL)とダニエル・シルベイラ(同)は、人種差別を犯しているとして反対行動を起こすと言っている。
 SNS上でも、労働専門の裁判官アナ・ルイザ・フィッシャー・テイシェイラ・デ・ソウサ・メンドンザ氏は「肌の色を理由にした雇用契約の差別は承認しがたい」とのコメントを出した。
 選挙前というタイミングもあり、ボルソナロVS左派という構図を背景に、まだ波紋が広がりそうな気配がある。かなり、政治的に攻めたマーケティングだ。

ブラジル8位の金持ち

 トラジャノさんは今年のForbs誌ランキングで、ブラジル8位だった。昨年は24位だから大躍進といえる。この1年間で181%も資産を増やし、240億レアル(約4554億円)と推計されている。
 ちなみに日本のフォーブス誌リストでは、7位の重田康光さん(55歳)の資産が5030億円だから、近い感じだ。1988年に資本金100万円で、OA機器やオフィス電話等の販売やリース業をする「光通信」を設立し、携帯電話販売代理店を全国に展開して急成長を遂げ、創業から僅か12年後の99年には、当時としては史上最年少の34歳で東証一部上場を果たした人物だ。
 ブラジル通貨レアルが今年40%も下落したことを考えれば、本来なら日本5位の高原豪久氏(59歳、6320億円)クラスかもしれない。高原氏は、ユニ・チャーム創業者の高原慶一朗の長男で、同社代表取締役社長。
 トラジャノさんは当然、ブラジルのトップクラスの経営者が講演する経済フォーラムのメインスピーカーになってもおかしくない。その場合なら、彼女のために個室の控え室が用意されることもあるだろう。

最初はずっと来賓スペースに普通に座っていた、青いハッピをきたルイザ・ヘレナさん

 でも彼女は昨年6月25日の文協のイベントでは、大講堂の普通の客席にちょこんと座っていた。コラム子は取材に行った折り、舞台前を通ったときに気づき、最初は「本物か?」と目を疑った。
 しかもその彼女は最初の鏡割りで紹介されたが、文協の舞台の上に呼ばれず、2時間ほどのイベントの間中、ずっと普通の来賓席に窮屈そうに座っていた。
 最後にようやく舞台から呼ばれて階段をあがり、5分ほどしゃべっただけだったが、コラム子には来賓席に座っている姿が強い印象として残った。
 トラジャノさんはマイクを握ると、「日本には2回行った。文化の美しさを痛感し、勤勉さを学んだ。皆が小声で話をしており、教育レベルの高さを感じた。私もブラジルで真似しようとしたが1カ月と持たず、すぐに声を張り上げた」と会場を笑わせた。
 「日伯は文化的に対極にある存在だが、共感しあえる部分がある。日系人が謙虚で控えめであることを尊敬している。ブラジル人は日本文化を愛している」と宣言した。
 彼女がわざわざ出席したのは、親友であるブルー・ツリー・ホテル経営者の青木智恵子さんの講演に花を添えるためだった思われる。だが、青木さんは当日昼に突然体調不良となり、急きょ白石テルマシェフが代役を務めた。当然連絡は行っていただろうが、それにも関わらずトラジャノさんは出席した。義理堅い人物のようだ。

ただの小贈答品店から

 マガルーは1957年、聖州フランカ市で創立した。創業者はルイザ・トラジャノ・ドナト、ペレグリノ・ジョゼ・ドナト夫婦だ。マガジネ・ルイザの「ルイザ」は創業夫婦の妻の名前から来ている。
 現在では18州に1千店舗を展開しているが、それは一部だ。ネット販売の方にこそ圧倒的な強みがある。
 だが、最初はどこにでもあるような小さな商店だった。創業者の姪が、ネット販売を急激に進めた革新的経営者ルイザ・ヘレナ・トラジャノさんであり、2016年には当時43歳だった息子のフレデリッコ・トラジャーノに社長の座を譲っている。
 2017年には同社の過去最高の売り上げ144億レアルを記録した。このときの利益は3億8900万レアルで、前年比300%増だった。
 創業者のペリグリノさんは元々、行商を生業とし、妻ルイザさんはただの販売店員だった。最初は小さな贈答品店を手に入れたことから始まった。店名は「Cristaleira」だった。やり手のドナ・ルイザが地元ラジオ局に新店名募集企画を持ち込み、応募作の中から現在の「マガジネ・ルイザ」を選んだ。
 その過程で、ローカルな知名度が一気に上昇し、ドナ・ルイザの店頭対応が人気を呼んで話題の店になり始めた。
 業種をスーパーにし、近隣市に支店を開業し、20年後の1974年には30店舗を数えるようになり、最初の大規模店(5千平米)を開店した。
 この頃、当時12歳だった創業者の姪っ子ルイザ・ヘレナ・トラジャノさんは、学校の休みの時に仕事を手伝い始めた。18歳で実質的に入社し、全部署の仕事を順々に体験して、1991年、40歳にして経営部門に就いた。
 そんなトラジャノさんが最初に経営の才覚を見せたのは1993年1月の傷物や店頭見本品の特売キャンペーンだった。新年の最初の営業日を選び、最大70%割引で販売したのだ。これは話題をよび、消費者は各店の店頭に長い行列を作るようになった。これは、のちに他店に最もコピーされた商法となった。
 また2005年から「Dia de Ouro(黄金の日)」キャンペーンを始めた。同社顧客のリピート層に限定して特価販売を行うもので、特別限定品やプレミアムを用意して話題になった。
 2008年には創業50周年を記念して聖市に44店を同時オープンした。

デジタル販売の先駆者

 マガルーが最も特色とするのはネット販売だ。取り組みは早く、1992年からデジタル販売の試行錯誤を始めていた。
 商品を画面に映し出す電子端末(terminais eletrônicos)を各店舗に設置した。在庫をおいていない商品をその電子端末で紹介し、販売員が具体的に説明を加えることによって客に決断を催し、購入が決まったら48時間以内に配達するというコンセプトは、基本的に現在にいたるまで変わっていない。
 その方向性がスマートフォーン普及によって、サイトで購入できるようになり、デジタル販売の勢いが一気に拡大した。
 サイト販売を進めたのがルイザ・ヘレナの息子で、現社長のフレデリッコだ。2001年に入社し、デジタル・オペレーション部門を統括し、電子商取引(e-commerce)化を進めた。
 2003年には早くもアバター「Lu」を立ち上げた。コンピューターアニメのキャラクターで、マガルーの販売員のシンボルになっている。

マガルーのユーチューブチャンネルには227万人もの顧客がぶら下がっている

 この社交的なLuというキャラクターが主人公のユーチューブチャンネル「Canal da Lu – Magalu」(https://www.youtube.com/channel/UCeaQ72LrN6K3f9a8JkFV98w)には、登録者数が227万人もいる。
 とんでもない自社メディアを持っている。そこでは、Luがおもしろおかしく、新商品の紹介をしてくれ、それで気に入れば購入する段取りになる。
 もっと強力なのはマガルーのフェイスブック(https://www.facebook.com/magazineluiza)だ。フォロアー数(登録者数)はなんと1426万人! ブラジルの大人の10人にほぼ1人は、ここに登録している。ここに自社広告を出すだけで、大きな宣伝ができる。
 2016年から自社サイトとアプリを使って、他社200社の商品も販売するマーケットプレイスを始めた。現在では50万アイテムの商品がそこでは売られている。

マガルーのフェイスブックのフォロアーは1426万人!

 これらの努力により2017年時点で、ネット販売部門は前年比47%増、同社売り上げの30%を占めるまでに拡大していた。

パンデミックで大当たり

 そのような基盤があったから、このパンデミックの外出自粛で一気に大あたりした。
 ジアリオ・ド・コメルシオ紙6月8日付け電子版(https://dcomercio.com.br/categoria/negocios/entenda-como-o-magazine-luiza-consegue-crescer-em-meio-a-pandemia)によれば、5月20日までの売り上げは、前年同期比の46%増を記録した。
 店舗閉鎖によって、一度は実店舗が大打撃を受けた。だがこの記事の時点で1100店舗中の500店舗は再開をはじめ、しかもバーチャル店舗での売り上げが激増したことで、損失を補ってあまりある利益をもたらした。
 これが先見の明なのか、偶然なのかは分からない。だが、結果としてパンデミックで焼け太ることができた数少ない企業だ。
 グローボTV局などで流れるCMで、Luというキャラクターだけを見て「ダサい」と思っていた人もいるかもしれない。だが、マーケティングの冴えと先見性は尋常ではなく、むしろ、そこにこそブラジルの先端があるのだと感じる。(深)

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