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特別寄稿=中曽根先生を偲ぶ~晩年の言葉=東京在住 田中 茂(元参議院議員)

中曽根康弘氏の葬儀の様子(出典https://www.tanakashigeru.com/blog/archive/6083/)

 中曽根康弘先生が空の彼方の故郷へ帰られて、1年が過ぎようとしています。この間、世界は新型コロナウイルスの猛威に襲われ、これまで築き上げてきた豊かな社会生活が一変する事態となりました。
 日本では感染状況がやや落ち着いてきたこともあり、先生の内閣・自由民主党合同葬儀が、10月17日に行われました。これまでにも先生の考えや言葉をこのブログで紹介してきましたが、文藝春秋2015年9月号『大勲位の遺言』から先生の晩年の思いを紹介し、先生を偲びたいと思います。
 先生は、その中で政治家の責任について、次のように書かれています。
「歴史を正視し得ない民族は、他の民族からの信頼も尊敬も得ることはできない。点検と反省により、自己の歴史の否定的な部分から目をそらすことなく、これを直視する勇気と謙虚さを持つべきであるし、そこから汲み取るべき教訓を心に刻み、国民、国家を正しい方向に導くことこそが現代政治家の大きな責任だと考える」。
 政治家として長く日本を見てきた立場からは、「日本人の国民性、特に時流に対する熱狂の一方で、こと冷めやすいという曖昧模糊とした特性には危惧と一抹の不安を感じる」とし、「愛国心もまた中庸で健全であるべきで、偏狭なナショナリズムに陥ってはならない。その点に関して、政治は国益を長期的な観点から見据え、短期的に起こりうる過度のナショナリズムに対して、身をもって防波堤としてこれを抑える必要がある」。そして「政治における外交とは相手の面子を立てることにある」としています。
 先生が生涯をかけて取り組んだ問題に憲法改正があり、その必要性について次のように書かれています。
「何をもって自らのアイデンティティーとするかといえば、民族国家としての悠久からの歩みであり、そこから積み重なりながら生まれた万古不易の民族的価値こそ我々の核となるべきなのである。(中略) 民族独自の共通価値と自由、民主、平等、平和という普遍的価値を軸に、国内外の情勢や動向を見廻しながら新しい時代を切り拓く我々の手による堂々たる憲法を作らねばならない」。
 先生は「この70年を振り返り我々の未来を展望する上でも、国はその将来に向けての国家像と明確な目標を内外に発信する必要がある。特に外交においてはアジアの一員として地域の安定とともに、その発展と繁栄に尽くす姿勢を伝えてゆかねばならない」とし、更に「日本は資源に乏しく貿易で生きてゆかねばならず、そのためには通商、情報、金融の自由とその確保は不可欠といえる。日本はその地政学的条件からアメリカやイギリスと同じ『海洋型国家』であり、それゆえに交易の自由、海洋の自由を価値の中心に据えてきた。また、そのような日本の宿命を考えれば、同じ価値観や条件を持つアメリカとの提携は必然である」としています。
「『大陸国家』である中国は自由や民主主義といった同じ価値観を必ずしも共有しておらず、その急激な台頭は、日本を含むアジアの周辺国にとっては大きな不安材料ではある。(中略)その中国にどのように臨むかは、このアジアの現状をどう考え、如何なる未来像をもってこの地域の調和と発展を図るかという政治的理念に他ならないし、大きな政治的構想力を必要とする。アジア諸国が日本に期待するのもまさにそうした大局的な将来を見据えた対話と調整であろう」と、現在、全体主義・覇権主義をより一層強める中国に対し海洋国家日本の役割について記されています。
 財政、行政改革については中曽根政権下の行財政改革を踏まえ、今の時代に相応しい改革を書かれています。「財政は所得分配や資源再配分などの機能を有すが、それ故、利害配分の構造から免れ得ない。こうした利害や既得権が予算の硬直化に繋がるわけで、各省庁の予算の無駄を省き、より効率的で効果的な予算執行を図る上でも第三者機関による複数年にまたがる監視体制を法制度的に位置付け、その中で具体的な目標を定めながら歳出の合理化に努めるべきである」とし、行財政改革は一内閣でできるものではなく「時代状況や時代目標を踏まえながら幾世代の内閣にもまたがり、継続的に進められるべきものである」と強調されています。
 更に「官僚組織における縄張り意識や既得権は必然のものであり、それをどうコントロールするかが政治の要諦でもある」とし、「政策の裏付けとなる予算、これらを時代の状況に合わせながら変革し、しかも行財政合理化の実を如何にあげるかということであり、そのための継続的で一体となった改革でなければならない。時代の果たすべき役割と責任を互いが共有し、いかなる政権下においても歳出の無駄を排除し、より効果的で効率的な予算の編成と執行を可能とする、政府はそのための明確な目標と工程表、そして方策を具体化しなければならない」と提言されています。
 『大勲位の遺言』は先生が亡くなられる4年前に掲載されましたが、まさに後世に残す『遺言』として先生は次のように締められています。
「我々民族の未来を想えば営々として続く生活と文化がそこにあり、悠久の歴史を未来に向けて刻んでゆく。私自身はこの国の未来に対し楽観的ではある。しかしながら、近年、政治、経済、学究の世界がどこか現状に満足しているように見えて、時代を凌駕する新たな考え、思想と共に、体制を革新、刷新するという声や主張が聞こえて来ないのは誠に寂しい限りと言わざるを得ない」。
 更に「我々は科学技術文明によって未来を拓く一方で、より高い精神文明の在り方を目指しながら、求める理想郷に一歩でも近づかんと懸命に努力を重ね、歴史の次なる高みへとその歩みを進めてゆかねばならない。そうした我々民族の営々とした歩みこそがこの国の軌跡となって未来へと繋がって行く。現状に甘んずることなく、自らの可能性を追い求め、目標とする思想へと前進する若い世代の一層の奮起を期待して止まない」。
 最晩年の先生は鑑真和上像を彷彿とさせる慈愛に満ちた顔をされていました。長きにわたり薫陶を賜りましたことを生涯の誇りとし、改めて感謝申し上げます。

田中 茂 (2020年10月19日 記)

*田中茂氏は中曽根元総理を秘書として支えた人物。

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