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中島宏著『クリスト・レイ』第114話

 もっとも、日本のことは、アヤと知り合いになるまでは、大した知識もなく勉強もしていなかったけど、でも、ここ三年ばかりは結構、僕なりに勉強しましたよ。
 そういう古い文化や伝統と共存しつつ、どうして日本は近代国家になれたのか。その辺りを勉強するには、このゴンザーガ区に住んでる日本移民の人たちは、僕にとって非常にいい対象になりました。あなたたちを見ていて、かなりのことが理解できたように思います。もちろん、その中心には、アヤの存在がいつもありました」
「あら、それはまた、名誉なことですね私にとって。でも、マルコス、そこにはあなたの勝手な私情が、かなりの程度混入されているのじゃないかしら。だとしたら、それはあまり信用できる研究とはいえませんね」
「信用できるかどうかはともかく、僕のようにこうして日本人移民の集団地に入り込んで、ここの人たちと一緒に話したりしていれば、それだけもっと奥深く物事が見えてくることは間違いありませんよ。たとえば、こうやってアヤと直接会話することによって、外部からだけでは絶対見えないところが理解できるようになるのは事実です。そういうことを僕は言いたいわけです」
「それは分かるけど、でも、私のような人間が日本人の典型だと考えるのもちょっと短絡的だし、そのことがそもそも間違いの元になっていくのじゃないかしら」
「確かに、アヤの場合は他の人たちと違っていることは認めますが、しかし、だからといってアヤが日本人ではないとする考えもおかしいでしょう。あなたも立派な日本人に変わりはありませんからね。僕が言いたいのは、そういう個性的な人がいても、全体としての日本人像というのは、そんなに変わるものではないということです」
「まあ、特に私という人間にこだわる必要もないのかもしれないけど、、。
 じゃあ、マルコスに聞きますが、日本人が正直で勤勉という傾向を持っているのは、それはつまり、日本に昔からある、伝統とか文化のせいだというわけなの?
 そういう歴史的なものが、今の日本人の国民性というものを形作っているということなのかしら」
「僕が、ここに生活している人たちを見て感じたのはまさにそれですね。集団で暮らすことを好むとか、グループを作って共同で何事かをするということは、ブラジル人にとってはどちらかというと苦手ですからね。そこに、日本人の持つ特殊性があるのではないかと、僕は考えています。
 ブラジル人は個人主義で、それぞれの個性もかなり強いものがありますが、その点、ここにいる日本人は、逆に、むしろ個性を抑えて集団を重んじるというところがありますね。
 つまり、これはあくまで僕の勝手な推測というか、意見に過ぎないんですが、まず、その集団を優先させて、全体としての規律を重んじるという国民性が、近代の発展というところにうまく結び付いていったのではないでしょうか。
 日本の人たちを見ていると、個性がないというふうにも取れるけど、それはつまり個人というものを抑えているということなのですね。みんなが同じように考えて行動すれば、物事はスムーズに運ぶということが、暗黙のうちに分かっているという感じですかね。
 近代文明で要求されるのはまさにその一点ですからね。能率とか効率ということが重要視されるのが現代の文明社会とすれば、日本人はそれに比較的簡単に適応できる基礎的なものを持っているようですね。そこに、日本人の持つ特殊性と能力があるようにも思います」

 

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