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中島宏著『クリスト・レイ』第129話

 まあ、そこに、この国の持つ大らかさと、将来への大きな発展を感じさせる何ものかがあるということになるけど、ここのように、大地に埋没するような世界で生きていたら、そういう瑣末なことも何だか吹き飛んでしまうようにも感じられるわね。
 まさにここは、新天地であり、新世界でもあるということなのね。そういうふうに考えると、日本からの流れをいつまでも引きずっているのは滑稽でもあるし、そこに囚われていたのでは、いつまで経ってもこの国で異邦人であり続けなければならないことになるわね。
 私の場合は、そういうことは、つまり、異邦人のままでいることは、決して移民としてこのブラジルにやって来た目的ではないし、むしろ逆に、ここは早くこの国に同化することが、最善の策じゃないかと考えたの。だからあなたが、私のことを変な外国人だと言ったとき、実は私はすごく嬉しかったの。そういうふうな生き方こそ、私が本来持っていた目的に叶うものだということが分かってきたというわけね。
 移民にとって、外国人にとって、今のブラジルの情勢は決して楽観できないものだけど、でも、私はこのブラジルの今日ではなく、明日でもなく、もっと先のことを考えてるの。結局、私の場合は将来、この国が私の国になっていくのだから、何も現状だけを見て右往左往する必要はないじゃないかと思うわけね。
 確かに今私は、この国にとって外国人であり、異邦人でもあるけど、でもそれは、一時的な形ということであって、将来、それも近い将来には、私はこの国の人間になるから、そういう問題も、つまり外国人としての問題もなくなることになるわ。
 ちょっと前までは、その辺にあまり確信が持てなくて、いろいろ迷ったり悩んだりしたけど、今ではもう、それは間違いなく吹っ切れた感じね。この国にはっきり根を下ろすという決心がつくまでは、それなりの時間もかかったし、心理的にも不安定な時期があったけど、今ではそれが明快な映像のように、はっきりした形で現れてきたというところね。どう、マルコス、この考え方はちょっと飛躍しているかしら。現実味がないと思う?」
「いや、決してそんなことはない。立派なものだよ、アヤ。
 君がそこまで悩んでいたことは、ちょっと想像外だったね。正直なところ、その君の悩みのプロセスは、もっと簡単で明快なものだと思っていたし、その結論も時間がかからないものだと考えていたからね。
 もちろん、君が見せる明るさは表面的なもので、実際にはそれだけでないことは承知していたつもりだけど、でも、今の君の話を聞いていて、それがそんな単純なものではないということが、ようやく分かったという感じだね。
 まあ、いずれにしても最終的にはそういう結論に達したということは、非常に良かったと思うし、僕からもおめでとうと言いたいね、ブラジルの国の人間になることに対してね。これでブラジルも、もっと明るくなるのは請け合いだよ」
「あら、そこまで話を大きく広げることもないでしょう、マルコス。もともとブラジルは明る過ぎるようなところがあるから、私一人ぐらいでどうなるものでもないわ」
「いや、そういう一人一人の力が結集されて、国というものは伸びていくのだから、アヤの力は決して侮れないものだと思うよ。君のような人間がさらに増えていけば、この国にとっても大きな進歩に繋がっていくはずだよ。この国はこの先、まだまだ発展しなければならないからね」

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