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中島宏著『クリスト・レイ』第136話

 いきなり同化といっても、日本から移民して来た人たちには無理だから、そういう中間的な形を作ることができればいいなと考えているんだけど。まあ、いってみればこれも、理想的な話かもしれないけど、しかし、いずれ誰かがやらなければならないことだし、考えてみたら私が、その一番近い所に立っているような感じだから、これは自分がやるしかないのかなとも思ってるわけ」
「うん、それはいい。そういう役にはアヤはぴったりだと思うね。君のように積極性があって、ブラジル人相手でも対等に話ができるのは他にはいないからね。まさに、アヤはそのために、このプロミッソンにやって来たようなものだよ。いってみればこれは、イエズス教会が、いや、そのもっと高い所におられる方が、君を遣わされたということになりそうだな。プロミッソンの名は、約束を意味するから、君はこの約束の地に遣わされたということになるね。
 なるほど、これは面白い符号だな。いや、これは単に符号だけでなく、必然性というものがあるのじゃないだろうか。僕には何だかそんなふうに思えるね」
「まあ、マルコス、そんな言い方はないでしょう。それは不謹慎というものです。
 仮にもイエス様のことを、そのようなところに使うものじゃありません。私は、そのようなレベルの者でもなく、まして教会の責任者ですらないのですからね、その私が、そんな大層なお方から招かれるなどということは、とんでもないことです。考えるだけで恥ずかしくなってしまうわ」
「おやおや、アヤもその辺りになると結構、真剣なんだね。いや、僕は君をからかうとか、そういう気持ちで言ったわけではなく、素直に感心した気持ちを表そうとしただけなんだ。まあ、その表現の仕方がまずかったとすれば、そこは謝るけど、しかし、僕はアヤと約束の地というのは、そんなに不自然な形でもなく、それなりに重い意味が含まれていると思うけどね。確かに君は、人々のリーダーとして、この地に来たわけじゃないけど、しかし、間違いなくここにいる。
 この、約束の地にいるということだけで、君の存在は大きな意味を持つことにならないだろうか。いや、少々、大げさな言い回しだということは認めるけど、それでもこのことは、ある種の符号と取ってもいいように僕は思うけどな」
「まあね、マルコスが自分で解釈して、そんなふうに考えるのは勝手だけど、でも、現実はそんな単純なことではないわ。ただね、あなたも言うように、私がこの地に来たのも、何かの巡り合わせかもしれないとは思うことがあるの。
 いえ、さっきマルコスが言ったような、そんな大げさな意味ではなくて、ここに来た以上、そこに何かの縁のようなものがあるのかな、とは考えるわけね。聞いたところによると、このプロミッソンという町の名前は、あの聖書の約束の地をイメージして付けられたというから、そこにはまんざら関係がないともいえないところもあるわね。
 新しい土地で、新しい世界を造り上げていくというその思想は、丁度、私が日本で開拓というものに対して抱いていたイメージと一致するから、何かそこにちょっとした運命的なものを感じることは事実ね。でもそれは、私が責任者のような形で参加するなどという夢みたいな話ではなくて、この約束の地を切り拓いていく、そのほんの一部分に参加できるというような、そういうふうな話なのよ。
 私自身は、そういう開拓現場ではまったく非力だし、何の役も立たないけど、しかし、私にできることは必ずあるはずだから、そこに努力を集中していけば、何とかこういう意義のある事業に参加できるのではないかと考えてるわけね。

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