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安慶名栄子著『篤成』(37)

 大田司令官はほかの将校たちと海軍壕の中で自決しましたが、その日の数日前に、沖縄県民の悲惨な状況を見過ごせないとして、「沖縄県
民斯く戦えり、後世に特別のご高配を賜らんことを」と苦しんでいる県民への後世の支援を懇願する電報を日本海軍次官へ送っていました。こ
の電報は後に有名になり、沖縄の人々は大田司令官への深い敬意と感謝の気持ちを抱き、現在に至っています。
 私たちは毎日、沖縄のさまざまな観光スポットを訪問しに出かけました。従兄妹姉妹たちは皆父に付き添いたく、10人以上も乗るワゴン車は
常に満員状態でした。
 伊江島を訪れましたが、本当にユニークなところでした。美しく、真っ白な砂浜のビーチにはポツリと孤独なキオスクが据えられ、そこには色々な
果物や野菜があり、商品のそばには天秤が置かれ、そして天秤の横には風呂敷みたいな布の上にお金と価格表がありました。オーナーは一日の
終わりにしか来ないのだという事を知り、私は驚き、完全に魅了されました。「素晴らしい」と思ったのを覚えています。特別な旅行でした。
 帰国してからも仕事は増え続けるばかりで、従業員も増やしました。会社は順調にいき、従業員に対する信頼と感謝の気持ちは深く、自分の
子供のように可愛がっていた従業員たちは責任をもって業務を守ってくれました。それで私が留守をしても、すべてが順調に進むので時間の許す
限り私は父をどこか珍しいところへ連れて行く事にしました。
 週末になると、従業員達とそれぞれの家族のみんなと行けるようなシャーカラ(田舎の別荘地みたいな場所)を借りたりして、そこでシュラスコ
(ブラジル特有の焼き肉)をしたり、サッカーで遊ばせたりしました。たまに3連休があると、海辺の別荘地を借りました。従業員は皆若かったので
、サッカーが主でした。
 また、エンブ・グァスーという所に孤児院を維持していましたが、そこにも皆と連れ立って行きました。ある日、孤児院訪問に父も一緒に連れ立っ
て行くことにしました。車を降りると子供たちが走って私を抱きしめに来てくれました。
 ある3歳の男の子が私に抱っこをねだり、私をきつく抱きしめたのです。父はそれを見て、目に涙をいっぱい浮かべていました。おそらく、私たちが
小さいころ、おばあちゃんが来ると皆で走って出迎え、抱っこをねだっていたシーンを思い出したのではないかと思いました。
 この孤児院は、あるエイズ患者夫婦が2人の子供を残し亡くなってしまった時から始まりました。当時はエイズの治療がまだ普及していなかった
が、子供たちは全く感染していませんでした。
 そこに5人兄妹がいた頃がありました。そのころ、フランス人夫婦が兄妹の中の女の子1人を養女に貰いたいと申し出ました。すると裁判官は兄
妹達を別れさせることはできないと、断ってしまいました。そのフランス人夫婦は2年後には裁判官に全員の元気な顔を見せるという約束で、5人
とも養子として連れて行きました。
 これは30年も前の話ですが、昨日のことのように思い出されます。

第24章  ブラジリア見学と85歳祝い

 「ブラジルに来て60年以上も経つが、まだこの国の首都ブラジリアまで行ったことがない。そこまでは行ってみたいな」と父がこぼしたので、行くこと
にしました。機中でもやはり素晴らしい人たちに巡り合いました。パイロットに父の道程を話す機会がありましたので父の首都を訪問したいという夢
の事も話しました。

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