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《特別寄稿》「知識の力」カーニバルから見たブラジルと日本=片山 恵(国際交流基金ブダペスト日本文化センター)

賛否両論を呼んだ、アギア・デ・オウロの原爆ドームを再現した山車

 《サンパウロ=アギア・デ・オウロが初優勝=原爆ドーム山車に賛否両論も=今年も日本人・日系人大活躍》2020年2月27日付のニッケイ新聞の誌面を飾ったタイトルだ。
 中国から発祥したコロナウイルスによって日本を含めたその周辺国で移動が制限されはじめた頃、地球の裏側にあるブラジルでは例年通りカーニバルが盛大に行われた。
 「サッカー」「アマゾン」「カーニバル」、世界中の誰しもがこれらの言葉で思い浮かべるのはブラジルではないだろうか。そして、ブラジルに行くならば、カーニバルを見たい、と思う人も多いだろう。
 わたしもその一人であった。本物のカーニバルを見たことはなく、本やテレビ、インターネットを通じ、「とにかく賑やかで楽しい、歌って踊るブラジルの伝統的なお祭り」と認識していた。
 そのような気持ちを胸に秘めていたところ、運命的にブラジルに2年間住む機会が訪れた。そして、幸運なことに日系ブラジル人の友人のお誘いによって2020年にサンパウロのカーニバルチーム、アギア・デ・オウロのメンバーとして参加することになったのである。

アギアのパレードで同じアーラに参加した仲間と記念写真

 カーニバルの一つのチームは何人くらいで構成されているかご存知だろうか。カーニバルのチームはなんと約3千人のメンバーで構成されている。歌い手、打楽器隊、踊り手、山車を動かすスタッフ、誘導リーダーなど、その役割は多岐に渡る。
 チームは細分化されており、約100名の小グループが複数あり、それぞれのグループがチーム全体のテーマの一部分を表現する。そのためグループによって踊りの振り付けや衣装が異なる。
 パレードは、それらの小グループが繋がり、融合され、1つのチームとして壮大な物語を表現する。そのようなチームが毎年14チーム選出され、優勝を競い合う。
 そして、それぞれのチームは毎年自由にその年のテーマを設定する。そのテーマをもとにチームオリジナルの曲が作られ、約60分におよぶパレードの内容が組み立てられる。
 2020年のアギアのテーマは「O Poder do Saber(知識の力)」であった。知識による人類の進歩が世界の歴史へ様々な影響を人々に与えるということを観せることを目指した。

山車の中から静かに原爆の悲惨さを訴える広島・長崎県人会会員ら

 それは、知の善悪について言及することでもあり、なかでも、歴史上、知識が悪に利用された最も悲惨な例として、第2次世界大戦中に日本に投下された原爆が採用された。具体的には、米国の爆撃機B29を模した飛行機の下にキノコ雲が立ち上り、その後ろで炎に燃える原爆ドームが再現され、広島や長崎にルーツを持つ日系人がその山車で被爆者を演じた。
 チームのテーマや広島と長崎にルーツを持つ日系人が参加することは練習の時に知り、知が発展する事によってもたらされる良い面・悪い面を表現することから、広島と長崎の原爆は悪い面を表現するためのものだと理解していた。
 しかし、わたしは出番が終わった後にユーチューブで自分のチームの映像を見るまで、チームの全体像がどのように構成されているのか知らなかった。というのも、本番当日まで自分のグループの衣装しか知らなかったし、それぞれがどのようなパフォーマンスをするのか、どのような山車なのかを知らなかった。
 なぜなら、通常の練習場には山車はない。大きすぎて別の場所にあるからだ。また、何百列も隊をなす中で、自分から離れた前や後ろで踊るチームのメンバーを見ることはできないからだ。
 パレードが終わった後に、インターネット上で流れる自分のチームの映像を見たとき、「こういうことだったのか!」と全身に衝撃を受けた。今回のテーマである「知識の力」が鮮明に表現されていたからだ。
 パレードの最初から最後までを通して観ると、まるで大迫力のミュージカルのようである。3千人が一体となり、一つの構成されたストーリーが、チームが訴えたいメッセージが、明確に力強く伝わってきた。特に、原爆ドームの山車やパフォーマンスは他の山車と比べてもインパクトがあった。
 それは「他の民族や人々に大きな苦しみを与えることを二度と許してはならない」という世界に対する強い警告と捉えることができた。
 そして、わたしは日本人としてそのメッセージに強く共感した。世界唯一の被爆国である日本でも戦争時のことを語れる日本人が減り、原爆が風化されていってしまう危機がある中、日本から遠く離れたブラジルの地で、世界に向けて日本で起こったその悲劇を取り上げ、訴えられたことには大きな意味があると思
う。
 このように、日系ブラジル人や在ブラジル日本人がこの原爆ドームの山車の演出に対し、感謝や共感を示した一方で、日本ではSNS上で「完全にアウト」「祭りに原爆を使うこと自体が不適切」「被爆者への配慮がない」など批判的な意見が相次ぎ、終いには、チームの代表が駐日ブラジル大使館を通し、異例の釈明文が出される事態と発展した。

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 当サンバチームの敬意に満ちた文化的表現を、兄弟である日本の人々の悲痛な記憶に対する侮辱や中傷、名誉棄損と混同すべきではありません。この山車では、広島と長崎出身の移民の子や孫、ひ孫の方々をはじめとする日系人が悲劇を演じています。この寓話をもつ山車はテーマに直結しており、人類の最大級の虐殺行為、人間が知識をとてつもない破壊力をもつ兵器の建造に用いた実例です。(G.R.C.S.E.S.アギア・デ・オウロ 釈明文より)

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 このような事態に陥ったのには、ブラジルと日本におけるカーニバルの認識のズレにある。冒頭に述べたように、ブラジルに来る前のわたしは、カーニバルを全体ではなく、切り取られた一部の情報だけで「とにかく賑やかで楽しい、歌って踊るブラジルの伝統的なお祭り」と認識していた。
 それ以上の知識もなかった。だから、もし、わたしがブラジルに住んでいなかったり、ブラジルに住んでいてもカーニバルに参加していなかったりしたら、この原爆の演出を不快に思ったかもしれない。
 しかし、ブラジルに住み、生活し、カーニバルに参加して、カーニバルはどのようなものか、カーニバルが持つその意味や意義、ブラジル人に
とってどんな意味があるのか、その総体を知った上で、あの原爆ドームのパフォーマンスを観ても全く嫌な気持ちにはならない。
 カーニバルは華やかな演出が最大の魅力ではあるが、それは表層的なものでしかない。本質はその中にある。パレードは、普段、抑圧的で差別的な社会の中でことばを奪われている国民が、自分たちの感情を最大限に表現できる年に一度の大ステージだ。
 カーニバルはその時代の社会に対する問題提起や批判が込められている。つまり、ものすごく時事的で政治的な性質を持っている。グローバル社会の発展による社会構造の歪みや貧困、そういった問題を抱える現代に多くの示唆を与えるものである。
 わたしはこの釈明文を読んだ時、「ブラジルは日本を大切に想ってくれているんだ」と感じた。そして、アギアだからこそこのパフォーマンスができたのだと思っている。アギアは2011年から日本と親交があり、カーニバルを通じて、日本との文化交流企画に携わり、広く日本の一般人や公立学校で講演やワークショップを行っている。
 さらに、2013年の浅草カーニバルでは、アギアのメンバーが来日し、会場を大いに盛り上げた。そして、その翌年のカーニバルでは、日伯外交樹立120周年を記念し、パレードのテーマを「ブラジルと日本の 120年の絆」に決めた。
 当日は日系人550人を含むダンサー3500人が踊る中、東日本大震災の際に支援を行ったブラジルへの感謝の気持ちと東日本大震災からの復興の祈りを込め、青森県五所川原市の巨大な立佞武多(たちねぷた)を乗せた山車が披露された。
 また、日本人を「兄弟」といえるのは、日系移民の影響が色濃く反映されていると思う。ブラジルには日系人が190万人いるとされている。そして、サンパウロには全国47都道府県の日本県人会があり、それぞれの都道府県にルーツをもつ日系人を中心に、何らかの形で関係がある日本人やブラジル人たちがその運営を担ってきた。
 各県人会は定期的にイベントを開催したり、日本の各地と繋がり様々な形の交流を行ったりしている。また、各県人会を取りまとめているブラジル日本都道府県人会連合会が主催する『Festival do Japao(日本祭り)』は、海外における日本文化を紹介するイベントとして世界最大規模を誇る。
 1998年から日本文化の伝統を守り普及し、これを次世代に継承することを目的に行われ、2020年には23回目を迎えた。この日本祭りは、文化面での重要性および社会的影響力が評価され、2002年にサンパウロ州の、2004年にはサンパウロ市の公式行事カレンダーに組み込まれた。
 このように、彼らのブラジルで日本のことを伝え広める営みの継続が、ブラジル社会において日本の信頼を築き、数多くの親日家を生み出し、ブラジルでの日本文化への関心を高めている。
 彼らが日本を離れブラジルという異国で生き、一ブラジル人としてブラジルに根を張ってきたことによって、日本の文化や価値がブラジル社会に浸透していることが、今回の釈明文の背景に見て取れる。

アギアのパレードに参加した際の片山さん

 そして、このカーニバルというブラジルの一大行事で扱われ、日本で問題になった、原爆の山車とパフォーマンスは、日系移民の価値を再認識することにもつながったといえよう。
 アギア・デ・オウロは優勝した。他のチームのパレードを見ていないので比べることはできないが、このチームに参加して約1カ月、練習時の熱量、真剣さ、まじめさ、テーマの設定、ストーリーの構成、メッセージ性を考えると優勝したことになんの疑問も抱かない。本当に素晴らしかったと心から思う。
 わたしはたった1カ月しか関わらなかったけれど、3千人のチームを統制していくことは並大抵のことではない。1年をかけて多くの人たちが力を費やしているからできることだ。カーニバルは芸術作品だ。そして、ブラジルの歴史が生んだ偉大なる文化である。
 日本で問題になったアギアの原爆の山車とパフォーマンスによる一連の流れは、ブラジルと日本の関係、そして、ブラジル人と日本人について、私自身がそのことを改めて考える契機となった。
 カーニバルを通して、改めて、日系移民も共に長い歴史を築き上げてきたであろうブラジルを体感し、日本のこと、ブラジルのこと、日本人のこと、ブラジル人のことを知ることができた。チームのテーマはわたしに二重の知をもたらせた。
 わたしにとって初めてのカーニバル出場、アギアにとっての初めての優勝。2020年にアギア・デ・オウロの一員として参加できたことは人生における最高の経験であり、心から嬉しく、誇れる、一生忘れられないカーニバルになった。
(第二回 JICA海外移住「論文」および「エッセイ・評論」授賞作品)
【参考 URL】
《駐日ブラジル大使館》
2020 年 6 月 26 日 Twitter 掲載「G.R.C.S.E.S.アギア・デ・オウロ 釈明文」(https://www.br.emb-japan.go.jp/
《ツイッターでの投稿》https://twitter.com/BrasembTokyo/status/1232569593673052161/photo/1(2021/06/22)
《ニッケイ新聞》
2020 年 2 月 27 日「サンパウロ=アギア・デ・オウロが初優勝=原爆ドーム山車に賛否両論も
=今年も日本人・日系人大活躍」(https://www.nikkeyshimbun.jp/2020/200227-71colonia.html
2020 年 2 月 28 日「今こそカーニバルの知的風刺精神は知られるべき」(https://www.nikkeyshimbun.jp/2020/200228-column.html

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