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臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳

臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(201)

 「飛び魚」が到着した1950年3月4日ほど、コンゴニアス空港に大衆が集まったことはない。6000人以上の日本人、その子弟そしてブラジル人が迎えに出た。10年前、戦争が始まって以来、はじめて自由に、喜び溢れて集合できたのだ。日系社会に出回っていた雑誌「読み物」はタイトルにこの時の様子をこう記した。「燦々たる日伯の金字塔」彼らは胸 ...

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臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(200)

 夕食のあと、みんながまだジャカランダのテーブルにいるとき、話を切り出した。今回は質問とか提案ではない。ツーコが勉強をつづけるべきだとはっきり宣言した。ブラジルでは女の子も勉強する義務があり、その子たちと同じ条件をツーコにも与えるべきだ。マサユキはまだ14歳の少年だが、どうどうとした態度が父を驚嘆させた。下の子どもたちは兄の態度 ...

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臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(199)

 いつもの夕食より4、5時間おくれて家族がそろってジャカランダーのテーブルについたのは11時過ぎてからだ。その夜、小言など一切なかった。遅い夕食にかかわらず、和やかな雰囲気が漂っていた。ミーチだけが、マジックにかけられ、自分がみんなの前から消えてしまったらいいのにと思った。  ツーコは兄が家と学校の間を、ほんの短時間しかかけない ...

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臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(198)

 ある日、ミーチが夕食に現れなかった。怒った父は「また、田場の家なのか?」といって、アキミツに迎えに行かせたが、少したって、今日は一日ミーチは姿を見せなかったことを告げた。もう、暗くなりかかっている。ミーチの帰宅がこんなに遅くなったことはない。「いったい、どこに行ったというんだ?」父は一軒ずつ探し回り、マサユキとアキミツも反対の ...

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臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(197)

 結局、正輝はセーキの進学をあきらめるほかなかった、息子は働き者だった。小鳥を観察したり、捕まえたりするのが目的かもしれないが、とにかく朝早く起きる。与えられた仕事はかならずやりとげる。農作業はだれよりも進んで精を出した。特に、家族が栽培していた段々畑の灌漑システムについては誰よりもくわしかった。だから兄たちは畑仕事をせずに、彼 ...

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臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(196)

 ところが母親が怒り出した。彼女は精神の病があるようだ。ときどき、子どもの服を取り替えるのを忘れる。正輝の子どもたちはこの女に気をつけていた。別に周りの人に危害を加える訳ではないが、変な行動に出たり、訳の分らないことを口走る。今回はとくに異常だった。「エントン セウ ジュンジ タメエン カガ(ジュンジだって糞垂れたじゃないか)」 ...

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臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(195)

 「おまえたちより兄さんだ」といっても、だれもそう扱ってくれず、腹を立てた。たしかに兄さんには違いないが、この家では通用しなかった。たった一人だけ、長男が特別扱いを受けたのだ。アキミツの不満は下の兄弟たちに向けられ、彼らにあたりちらした。彼の考えでは自分は弟たちより上の立場なのだから、当然彼のいうことを聞くべきだと思った。命令し ...

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臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(194)

 アンジェリーナ夫人の家の時間のかかる配達がくり返されるようになると、房子は自分が考えていることが起きていると確信した。マサユキにそれとなく聞いてみた。「アンジェリーナ夫人はパパによくしてくれるの?」(彼女は夫について子どもと話すときはパパと呼んだ)内心彼女は浮気相手が夫によくしてくれることは分かっていた。  マサユキは「よくし ...

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臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(193)

 樽が町に出たのは松吉も農地からはなれ、近郊でなにか別の仕事を始めようと考えていたからだ。行き先はサンカルロスではなく、首都サンパウロに近いサントアンドレーという町だった。  樽はもうしばらくサンカルロスに残り、農業以外の仕事をしようと決めた。ノーベ・デ・ジュリョ街に「バール・アイスクリーム」という名の店を開けた。10年ほどたっ ...

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臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(191)

 初めの晩、家族をジャカランダのテーブルの周りに呼び「上り口説」を沖縄弁で歌った。 たびぬ´ んじ たちくわあんぬんどー しんてぃくわぁんぬんふし うぅがいでぃ くがにしゃく  とぅてぃ たちわかる    この曲は18世紀ごろ、沖縄伝統音楽のベートーベンといわれた屋嘉比朝 寄(1716─75)が作曲したものと言われる。歌詞はすで ...

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