行方不明になるデカセギたち~在伯留守家族の苦悩
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連載〈10・終〉新時代の日伯関係を前に=望まれる司法共助協定
ニッケイ新聞 2008年12月19日付け ブラジルから日本に発送する裁判嘱託書の約半数があて先不明として返信されている現状に関して、佐々木リカルド弁護士は、両国が一定の「中央当局」を指定して、嘱託書
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連載〈9〉困難な扶養費の取り立て=判決出ても執行できない
ニッケイ新聞 2008年12月18日付け 二宮正人弁護士によれば、裁判嘱託書が当事者に届かない場合、管轄の地方裁判所の書記官がその書類を保管し、裁判所の掲示板に本人の出頭を呼びかける「公示送達」の手
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連載〈8〉増える日本への民事訴訟=嘱託書の手続きに課題
ニッケイ新聞 2008年12月17日付け 連載第三回で紹介したマガリさんのように、ブラジルに残されたデカセギ留守家族が、日本にいる夫などに対し、扶養費の支払いや離婚を求めるため、民事訴訟を起こすケー
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連載〈7〉デカセギ夫の苦悩=孤独と戦いながら送金
ニッケイ新聞 2008年12月16日付け 日本で行方をくらますデカセギの気持ちはどのようなものか――。 記者の質問に、日系二世の田中ヨシカズさん(60、サンパウロ州ジュンジアイ市)は、「日本で仕事
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連載〈6〉〃探されたくない〃不明者たち=捜索は新聞からインターネットへ
ニッケイ新聞 2008年12月12日付け 「毎週六件から十件ほど行方不明者の写真と経歴を載せていた。本人の身元が分かるまで同じ広告を三カ月以上続けて出すこともあった」。 在日ブラジル人向けのポルト
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連載〈5〉5年目のデカセギ放棄家族会=残された家族の救済訴え
ニッケイ新聞 2008年12月11日付け ファッティマさんやヂジャルマさんのように、デカセギに行った配偶者の行方が分からなくなり、苦しい生活を強いられる留守家族は特別なことではない。 〇三年、ヂジ
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連載〈4〉ヂジャルマさんの場合=2人の娘残して去った妻=デカセギ訪日後、音信途絶え
ニッケイ新聞 2008年12月10日付け 「妻を捜しています。名前はイザウラ・チズエ・オカ・ストラウベ。小さな二人の娘をブラジルに残して日本に行き、一九九五年から連絡がありません。彼女の最後の住所は
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連載〈3〉マガリさんの場合=日本で家庭つくった夫=養育費止まり生活困窮
ニッケイ新聞 2008年12月9日付け 「私はイオーニ。ルイスはあなたに養育費を払うと言っています」。〇四年某日、電話越しに響いたブラジル人女性の声に、マガリ・モレイラさん(46、サンパウロ市イタケ
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連載〈2〉ファッチマさんの場合(2)=無一文で戻った元夫=一家の幸せ奪い日本へ
ニッケイ新聞 2008年12月6日付け 「彼もずい分老け込んだと思った」。十年ぶりに再会した夫の印象を、ファッチマさんはこう振り返る。娘のタイスさんが空港で父親と初めて対面したが、「彼と抱き合ったけ
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連載〈1〉ファッチマさんの場合(1)=「自分の人生を歩んで」=全てを奪って消えた夫
ニッケイ新聞 2008年12月5日付け アメリカ発の世界同時不況のあおりを受けて、帰伯デカセギの動向が日本メディアでも盛んに報じられているが、日本の永住者資格を取得し、長期滞在するデカセギも近年増加