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埼玉=移住百周年/県人会創立60年=上田知事ら慶祝団11人=「日本人に信用、県人の誇り」

祝賀会でケーキカットをした(左から)上田知事、尾﨑会長、小林議長

祝賀会でケーキカットをした(左から)上田知事、尾﨑会長、小林議長

 ブラジル埼玉県人会(尾﨑眞次会長)は「埼玉県人移住100周年・在伯埼玉県人会創立60周年記念式典」を3日、栃木県人会館で開催した。県に縁のある約150人が集まり、母県からは上田清司知事、小林哲也県議会議長ら11人が出席。先人の功績に思いを馳せると共に、記念の日を盛大に祝った。

 式典は午前10時、金剛仙太郎さんによる開会の挨拶で始まった。日伯両国歌斉唱の後、先没者の霊に一分間の黙祷が捧げられた。尾崎会長は挨拶で来賓に感謝の意を示す共に、「ブラジルからも母県からも信頼される県人会であり続けます」と宣誓した。
 上田知事は「こちらでは日本人は信用できるとの評判が定着していると聞いた。これは先人の皆さんが努力した結果。日本人として大変誇りに思う」と敬意を表した。
 「6月にブラジルのオリンピックスポーツ委員会と事前キャンプの協定を結んだ。約20種目の事前キャンプが県で行なわれます」と当地とのつながりを紹介した。
 来伯3回目の小林議長は「県議会は両国の友好関係の更なる発展に努めていく」と一層の関係強化への姿勢を示した。
 他にも、日伯友好議員連盟事務局長の諸井真英県議、関口ひとみ在聖首席領事、飯星ワルテル、太田ケイコ両下議、西本エリオ聖州議、県連の山田康夫会長、在亜埼玉県人会の田島稔副会長が祝いの言葉を寄せた。
 上田知事と小林議長から感謝状と記念品が11人に贈呈された。県人会功労者の他に、2020年の東京五輪で埼玉で競技を行なうことが決まっている射撃とバスケットボールの当地連盟会長や、サイタマ公園の清掃活動を行なった団体の代表者らが表彰された。
 式典後、サウーデ学園の生徒22人によるよさこいや、当地で活動する埼玉県出身の島田愛加さんのサックス演奏が華を添えた。祝賀会はケーキカットやサンバショーで大いに盛り上がり、上田知事が持参した埼玉県産の日本酒が振舞われ、晴れの日を楽しんだ。
 謝辞を述べた松岡利治さん(80)は、1957年に埼玉から移住し、翌年結成した県人会の活動に当初から関わっていた。「県人会がここまで続くなんて、その時は考えてもみなかった。自分が表彰されるなんて差し出がましいが、県出身者としての誇りを持ち続けたい」と話した。
 「当時は自分を含めほとんどが農業移民。二世、三世がどんどん社会に進出していった。これからは若い世代が日伯の連携のために活躍してくれると思うと安心する」と感慨深げに語った。
 08年に渡伯し、ブラジル人の夫と暮らす内田浩子さん(34)は「デカセギで日本に渡り、文化の違いで苦しむブラジル人が埼玉にも多いと聞く。ブラジルは日本人を温かく迎え入れてくれた。同じようにブラジル人が日本で受け入れられることを願っている」と話した。

 

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 ブラジル埼玉県人会は99年、役員の人材不足を理由に解散し、翌年、会を再設立した。会館がないのでイベント開催は叶わないが、県連日本祭りには出店し続けている。ブースを手伝うのは日本からの留学生やJICA青年ボランティアなど。埼玉からの移民自体が少ないが、人口が多い県なので近来の自由渡航者は多い。今回の式典でも埼玉出身でJICA青年ボランティアの牧野夏実さんや菅野静華さんが出し物の司会などを務めた。他の県人会が高齢化や若者離れに頭を悩ませる中、やりようによっては、日本の若者が会を活性化させるモデルケースになりえる?
     ◎
 諸井真英議員は、92年にサッカー留学で来伯し、96年からはサンパウロ新聞で記者を務めた。祝辞で来伯時のこと振り返り、「ポ語がまったく解らず、日本移民の歴史も全く知らなかった。無知な若者を温かく迎え入れてくれた」というと感極まって声を震わせた。「政治家としての原点はブラジルにある。日本のように物が何でもあるわけではないし、思い通りに行かないことも多い。けれど、生きていくうえで大切なことを学んだ」と締めくくった。涙ぐんだ理由を尋ねると「当時お世話になった方々のことを思い出した。もう会えない方もいてこみ上げるものがあった」と話した。諸井議員は日伯友好議員連盟事務局長、両国の懸け橋を務めるのにふさわしい人物のようだ。

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