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セラードの日系人=ふるさと巡り、中部高原へ(4)=日本人が築いたコーヒー地帯=C・ド・パラナイーバ 霜害避け未知の地へ

4月15日(火)

 移民とカフェ。コーヒー園のコロノとしてブラジルに渡ってきた初期移民の時代から、日系人にとってコーヒーは特別な意味を持ちつづけている。今では国内有数のコーヒー生産地帯となったセラード。その陰にも日系人の苦闘があった。
 ピラポーラ訪問の翌朝、一行はカルモ・ド・パラナイーバへ。細く、曲がりくねった低木がぽつぽつと、時に寄り添うように大地に根を張っている。突然、道の両側に一面のコーヒー畑が広がる。バスは目的地の下坂農場に到着した。農場主の下坂匡さん(六六)たちの出迎えを受ける。
 下坂農場は広さ四百十一ヘクタール。そのうち三百ヘクタールでコーヒーを栽培するほか、養鶏などを手がける。年間平均気温一九度、一一五〇メートルの高地で栽培される良質のコーヒーは、日本をはじめ世界各国に輸出されている。
 一行は農場内の設備を見学。今回の参加者の中には、かつてコーヒー栽培に従事した人も多い。活発な質問が関心の高さを表す。エンシャーダの時代は過ぎた。現在、同農場では、収穫から色や大きさによる豆の選別まで、全てを機械で行なっている。
 「今回来ている人はだいたいカフェをやったんじゃない」と語るのは参加者の一人、杉田登貴夫さん(七八)。「みんなで植えて、そしてみんなで泣いたものだよ」と話してくれた。
 トラックの荷台に乗って農場を巡る。揺れる。写真を撮りつつ隣の男性と話した。その人が、同地のコーヒー栽培の先駆け、森山勤さん(五九)だった。
 一九七三年、サンパウロ州ミランドポリスの農業共同組合グループがこの地に千二百五十ヘクタールの土地を購入。ここから同地のコーヒー栽培が始まる。二世の森山さんはその農園の支配人としてサンパウロ州グァラサイから移ってきた。現在は近郊で二百ヘクタールのコーヒー園を経営する。「あの頃は、ここでコーヒーができるなんて誰も知りませんでしたよ」。
 農場見学後、一行は下坂さんのお宅を訪問。下坂さんの家族、地元の日系人を交え、下坂さんから同地の歴史を聞いた。
 下坂さんは福島県出身。五五年に一家で渡伯、サンパウロ州ジャーレスでコーヒー栽培や養鶏に従事した後、南伯農産中央会を通じ七四年に同地へ移った。下坂さんは「最初は入植に軍隊が出てくることもありました。土地は悪くて二、三年は草も生えない。不安の方が大きかったですね」と入植当時を振り返る。数家族だけの状態が五、六年続いた。
 七五年、霜害でブラジル国内のコーヒー生産地帯の六割が被害を受ける。この時、同地のコーヒーは被害を免れた。それ以後、入植は増え始める。八一年には日本人会を設立。日系農業者は最大で四十五家族を数えた。
 一行の一人、西田多美子さんが地元の女性と話しこんでいた。森山さんの夫人、マサコさんだ。グァラサイの女子青年部で一緒だった頃から、四十年近い月日が流れていた。「知ってたらホテルまで行ったのにね」と森山さん。突然の再会に、話は尽きない。
 この日は、ふるさと巡り団長の南雲良治さんと下坂さんが同船だったことも分った。五五年十二月の、あめりか丸。「あの時行き会っていたかどうかはわからないけどね」と言いながら、南雲さんはうれしそうな表情を見せる。
 八〇年代の経済危機、九〇年代に入ってからは出稼ぎにより、同地域の日系農家は減少。現在は二十八家族が栽培に従事する。
 一万八千人だった同市の人口は、この三十年で三万人に増えた。市全体の栽培面積は現在一万二千ヘクタール。生産の七、八割を輸出する。「入った頃は乞食が多くてね。何にもない町だった。日本人が入ってから、ここがコーヒー地帯になったんですよ」と森山さんは語った。
 下坂農場では十五年前から日本へのコーヒー輸出を始めた。「自分たちの作ったものを日本に送りたかった」と思いを語る下坂さん。「まだ自分の農業は完成していませんよ」と意欲を見せた。
(つづく・松田正生記者)

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■セラードの日系人=ふるさと巡り、中部高原へ(4)=日本人が築いたコーヒー地帯=C・ド・パラナイーバ 霜害避け未知の地へ

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■セラードの日系人=ふるさと巡り、中部高原へ(終)=尽きぬこの旅の魅力=不毛の大地の変化、世代交代

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