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セラードの日系人=ふるさと巡り、中部高原へ(1)=美質を次世代に残したい=首都の長老の願い

4月10日(木)

 県連主催「第十七回移民のふるさと巡り」が一日から七日まで実施された。今回の訪問地は、ブラジリアとミナス・ジェライス州南部のセラード地帯。かつて不毛の地と呼ばれたこの地域は、一九七〇年代後半に始まるブラジル内陸部の開発によって、世界有数の穀倉地帯に姿を変えた。新天地を求め移り住んだ現代の開拓者たち。そこには多くの日系農業者の姿があった。首都ブラジリアから南ミナスの各地へ、セラードに生きる日系人を訪ねた。

 五泊七日のふるさと巡り。十七回目の今回はブラジリアを皮切りに、ミナス南部のセラード地帯を訪ねる。南雲良治在伯新潟県人会長を団長とする六十七人の一行は、一日夜にリベルダーデ広場を出発。翌二日午後、ブラジリアに到着した。昼食後、同地文協の木村さんのガイドで、連邦区の中心部をバスで巡った。
 ブラジルの政治の中心地ブラジリア。政府機関のビルが立ち並ぶ中心部の一角に、遷都以前の面影を残した風景があった。
 背の低い、曲がりくねった樹木。転々と生える雑草。むき出しの赤い地面。「セラードはマンジョッカもできない。当時は無い無い尽くしでした。食料はサンパウロから、トラックで三日間かかった。でも今は肥料があれば一年中収穫できる。サンパウロに負けない野菜ができるようになりました」と、鈴木さんは説明する。
 市内観光の後、一行は同地日系人との交流夕食会のため、近郊のタグァチンガ市にあるブラジリア日伯文化協会(安永邦義会長)に向かった。同文協のほか、近郊の日系団体からも関係者が会場を訪れた。
 夕食会に先立ち、会場では先没者の慰霊法要が営まれた。導師はブラジル南米本願寺の杉浦正冶開教使。法要の後、同文協の畠野隆之副会長があいさつ、「この旅行が皆さんにとって意義深い旅行となることを願います」と歓迎の言葉を述べた。
 一九五六年に建設が始まった首都ブラジリア。同地への日系人入植が始まるのもこの頃だ。首都建設にともない、政府は農業者の入植を奨励。五〇年代後半から国内を中心に多くの日系人が土地の無償貸与を受けて入植した。
 同文協の現在の会員数は約二百四十家族。ブラジリア全体では約三千の日系家族が暮らす。野菜や果物栽培など農業が中心だった同地のコロニアも世代が進み、二世三世は公務員など他の分野にも進出している。
 ブラジリア日系社会では今、同地日系団体の連合会設立に向けた動きが進んでいる。昨年、有名無実化していたそれまでの連合会に変わり、ブラジリア文協など五つの日系団体で新たに連合会を設立する構想が持ち上がった。協議を重ね、あとは役員の選出を待つだけとなっている。
 今回の構想の中心になったのが四-五〇代の若い世代だ。その一人、安永ブラジリア文協会長(四七)は、「今まで文協活動から離れていた若い世代が寄ってくるよう努力していきたい」と抱負を語る。長く同地の文協会長を務めてきた松永行雄さん(七五)も「今回は皆が協力するようだから、うまくいくでしょう」と、安心した様子を見せた。
 首都とともにその歴史を刻んできたブラジリアの日系社会。現在、その歩みをたどる入植四十周年記念誌の編纂が進んでいる。その中心になるのが山口道夫さん(九二)だ。
 山口さんは慶応大学法学部を卒業後、一九三三年にブラジルに移住。戦後ゴイアス州のアナポリスに移り、遷都してからはイタマラチーで十八年間日本語教師を勤めた。「自分が来たころはビルがいくつか建ち始めたころ。昔は土地が悪くて、石灰や堆肥を使って酸性の土壌を改良していました」と当時を振り返る。
 記念誌編纂はブラジリア連邦大学の歴史学教授と共同で進めている。日系団体の歴史と個人の歴史、それに実態調査を加えたもので、来年四月ごろに完成の予定だという。「コロニアの形は変わっても、日本人の伝統や、家族の団結や礼儀といった美質を次の世代に残してほしい。古い考えかも知れませんけどね」と山口さんは語った。
 夕食会が終わり、会場では唱歌「ふるさと」の合唱が始まった。首都の日系人に見送られ、一行は会場を後にした。
(つづく・松田正生記者)

■セラードの日系人=ふるさと巡り、中部高原へ(1)=美質を次世代に残したい=首都の長老の願い

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■セラードの日系人=ふるさと巡り、中部高原へ(終)=尽きぬこの旅の魅力=不毛の大地の変化、世代交代

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