ホーム | 日系社会ニュース | 島田正市さんがサンパウロ市名誉市民=歌謡界から社会貢献 教え子、孫弟子含めると3千人=評価された地道な活動=いまも旺盛な作曲活動

島田正市さんがサンパウロ市名誉市民=歌謡界から社会貢献 教え子、孫弟子含めると3千人=評価された地道な活動=いまも旺盛な作曲活動

6月2日(水)

 作曲家の島田正市さん(68)のサンパウロ名誉市民章受章が決まり、二十八日午後八時からサンパウロ市議会で授章式が行なわれる。同章は、サンパウロ市議会議員五十五人全員の了承を必要とするため、受章は非常に難しいとされており、音楽家が受章することは極めて珍しい。
 島田さんは現在、全国カラオケ指導協会ブラジル総本部長、ブラジル歌謡連盟(ABRAC、山田賢昇会長)とパウリスタ歌謡連盟(UPK、重田エルゾ会長)の副会長、審査部門総合委員長を兼任しており、毎年寄付金を集めて希望の家やこどものその、憩の園、やすらぎホームなどの福祉団体への熱心な支援を続けている。日系社会の歌謡界における有力な指導者として知られている。
 一九五三年二月に、さんとす丸の処女航海で来伯。日本でもアコーディオンを弾く音楽少年として知られていたが、ブラジルへは農業移民として来た。しばらく農業者として働いた後、出聖して音楽活動を始める。ブラジルの職業音楽家の資格を取り、日系人のナイトクラブでミュージシャンとして働く一方、一般人の歌の指導や作曲活動を続けた。
 歌謡曲や民謡など、これまでに作った曲は数えきれない。代表曲『サンパウロ・ブルース』は日本の大手製作会社コロンビアからも販売され、『恋のバイバイ』は日系人だけでなくブラジル人からも人気を集めた。
 島田さんをよく知る広瀬秀雄さんは「今回の受章は、彼が戦後一貫してプロの音楽家として活動してきた人物で、日系人にもブラジル人にも認められていること、弟子の教育に大変熱心であることが評価されたのではないかと思う。弟子が六、七十人。孫弟子まで入れると、三千人はいるかもしれない」と語る。
 四年半前に脳腫瘍に冒された島田さんの頭には今でも大きな手術の痕が残っている。島田さんが倒れたとの知らせを聞いて弟子や知人、大学教授や市会議員までが救援を申し出たという。「先生にお世話になった者は数えきれない。先生の日々の積み重ねが、みんなを動かした」と全国カラオケ指導協会の蛯原忠男特別教授は当時を振り返る。
 川端幸蔵同会特別教授は島田さんの受章に対して「とてもうれしい。これからも社会のため、みんなのために、いろんなことに頑張ってください」と述べた。
 また蛯原さんは「文句なしにうれしい。これまでに先生がしてきた地道なことの積み重ねが評価されたのだと思う。今後とも元気にブラジル日系音楽界のトップとして、作曲、審査など音楽だけでなく、人生相談などいろいろなことを指導して頂きたい」と述べた。
 「先生に歌を教わった」と語る山口瑞枝同会講師は近々、島田さんの作曲による新曲「あなたへのブルース」を発表する。
 島田氏は「こんな大それたものを頂くのは私にはまだまだ…。未熟だが、コロニアの皆さんのおかげで皆さんを代表して頂けると思っています。外国にいるからカラオケが文化として認められ、表彰までされることになった。ブラジルに来てよかった」と笑顔を見せた。
 

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