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「マリード夫は非日系ブラジル人」=移住して改めて〝日本人〟を意識=連載(6)=仕事が楽しいから居る=幸子さん「ブラジル、どちらかというと嫌い」

2005年9月30日(金)

 今までに行った外国は、パリ、ロンドン、ミラノ、ニューヨーク…。「まさか私がブラジルに住むなんて全く考えていなかった」。現在、サンパウロ市内にあるセイント・ニコラス・ブリティッシュスクールで日本文学を教えている幸子・デ・バーロスさん(37)は来伯当時のブラジルの印象をこう話す。飛行機からファベーラが見えたときは「何だここは!? 私の来る場所じゃない」と、引き返そうと思ったそう。
 夫はイタリア系ブラジル人のエットレ・アポロニオ・デ・バーロスさん(43)。日本の文科省の研修制度を利用して、約七年間、東京大学で海洋工学の勉強をしていた。その研究室と幸子さんの職場であるフラワーデザインの事務所が近いことがきっかけで二人は知り合った。
 日本で結婚式を挙げ、一九九六年からブラジルで住み始めた。ブラジルに来た当初、夫が母国語を話すのを初めて聞いて、「日本語で話していた時は品があったけど、母国語では結構がさつな感じで何だ、こういう人だったのか」と以前とのギャップに驚いたと話す。
 最初は「美しいものへの感心が低く、文化レベルの低いブラジルが嫌いだった」と言うようにポルトガル語をあまり話さなかった。「夫のポルトガル語が理解できるようになるまで三年かかった」。いつでも日本に帰れるように、スーツケースに荷物を詰めて部屋の隅に置いていたそう。「でも仕事にやりがいを感じているから帰らなかった」。
 「ブリティッシュスクールで働いていて常に要求されることは、日本人としての考え。日本人ということを表さないと相手にされない」。例えば、「さようなら」は「さようでなければならないのなら別れましょう」という本来の意味があるという。「英語やポルトガル語とは違った別れの挨拶。この日本の精神に魅かれる。生徒もこういう話をすると喜んでくれる。本物の日本の美学を知りたいという人が多い」と話す。
 幸子さんの家は、由緒ある水戸藩の家系。幼い頃から焼き物、着物などの日本文化と身近な環境にいた。「家の人に教養がないとだめだといつも言われてた」と話し、「祖父と仲が良くて日本のいいところや伝統文化などについてよく話をしてもらった。それが今となっては恵まれていたと思う」と振り返る。
 幸子さんは日本文学以外にお花のクラスも担当している。「バンカにいる移民の方から花を買うときに思うけど、ブラジル人より日本人が作る花の方がやっぱりきれい。丁寧に作っている」と話し「移民の方は苦労しながらも日本の心を忘れずに頑張ってきたんだと思うと本当に頭が下がる思い」と敬意を表す。
 今でもブラジルを「好きか嫌いか」と聞かれると嫌いな方だと答える幸子さん。「十年も住んでるのが不思議だけど、今は子どももいるし、やっぱり仕事が楽しいからブラジルにいる」と話す。「日本文学はやればやるほど神秘的。有形ではなく無形の美しいものがある。これを日本人である私たちがもっと伝えていかないといけないと思う。二、三世の文化伝承にも期待している」と、日本文学に対する熱意を語った。       つづく   (南部サヤカ記者)

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