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県連ふるさと巡り=日伯の絆たどる旅=ES・ミナス路を行く=連載《8》=セニブラ=ブラジル3位の紙パルプ企業=苗床見学に興味深々

ニッケイ新聞 2007年10月27日付け

 ウジミナス社を後にした一行は、さらなる見学地のセニブラ社を訪れた。昼前の時間ということもあり、まずは簡単にバスで工場内を見学。案内をしてくれたのは同社で建設・プロジェクト部門を担当する村松基弘さん(39)だ。
 一九七四年にナショナルプロジェクトの一つとして、日本側四九パーセント、ブラジル側五一パーセントの出資によって設立された同社。〇一年にブラジル側のヴァーレ・ド・リオ・ドセ社が手を引いて以降、百パーセント日本資本で行われている。
 現在の生産量は年間約百十四万トン。この量は日本で一年間に使用されるトイレットペーパーの量に匹敵するほどだ。紙・パルプ部門において世界で十番目(ブラジル内三位)に入るほどの生産量を上げている。紙・パルプ生産のために一日に五万本の木を植樹し、現在では自給自足で生産活動を行っている。
 バスで工場内に一歩踏み込んだ瞬間目の前に広がったのは、均等に切断されて山のように並んでいるユーカリの木。一メートルほどの長さで、外皮が剥がされているユーカリが、山積みにされている光景にバスの中から声が上がった。
 その他に、木を擦り合わせて外皮を取るための機械チッパーや漂白の行程、ボイラーなどを足早に見学していった。一昔前は紙を作るために効率の良い塩素を使用していたが、現在では二酸化塩素を使用している。そのため、紙・パルプ工場の独特な匂いはしにくくなっている。
 一行は昼食を取るべく、同社内にある訪問客向けの施設へと通された。駐在員用の宿泊施設を改装したものだ。
 昼食を終えた一行は、ユーカリの木の苗床を見学した。苗床の面積は約六万平米。紙・パルプになりやすい木を選び、クローン技術で、品質が良く、成長しやすいなどといった好条件の苗を増やしている。
 作業に間違いがないように、枝を苗床に移す場合は個人個人が作業を行う。三十日が経過して芽のでない苗は使用されない。苗の芽がでる確率は約八六パーセントという。
 農業関係者が多い一行からは、「草や蟻の駆除はどうするんですか」や「枝打ちをしているんですか」など多くの質問が上がった。一つ一つの質問にセニブラ関係者は丁寧に答えていた。
 質問は尽きない様子だったが、予定時間を半時間以上過ぎていたため、一行は仕方なくバスに乗り込み次の場所へと移動していった。(つづく、坂上貴信記者)



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