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「百年の知恵」=日系人とバイリンガル=多言語と人格形成の関係を探る=□第2部□2世世代の特殊性(13)=「コロニアは存在しない」=統合を強調する2世たち

ニッケイ新聞 2008年4月10日付け

 日系人口百五十万人のうち、二十数万人が「コロニア」といわれる社会としての実態のある部分だと以前、説明した。二世エリートたちからすると、「コロニア」という言葉ですら反発を感じるようだ。
 USP法学部卒で、現在もそこで教職にある原田清弁護士(66、二世)がコーディネートして今年一月に二世による百年史ともいえそうな六百三十頁の大部『O Nikkei no Brasil』を上梓した。
 そのおり、フォーリャ・オンライン一月十五日付け記事で、「今でも五〇年代のような生き方をしている日本人たちがいる。我々はこのコロニア、つまり閉鎖的なエスニック(民族)集団という考え方を終わらせなければいけない。正しいのは、ブラジル社会に混ざることであり、完全に統合することだ」との考えをのべている。
 原田弁護士は戦中の一九四二年、マリリアの生まれ、オズワルド・クルースで育った。二カ所とも勝ち負け抗争の大事件が起きた場所であり、そのような環境において公立学校で学び、USP法学部に入学した。誰もが認める秀才だ。
 フォーリャ・オンラインの同記事には「オズワルド・クルースの公立校で勉強しているときは差別がひどく、校内で毎日殴られた」と回想している。
 本人から取材した時、「父親は勝ち組として警察に捕まり牢獄にまで入れられた」との経験も聞いた。
 勝ち組であった父親はおそらく、原田さんを日本語で母語形成したに違いない。家庭内では日本語、でも公立校では日本語訛りゆえに虐められ、一生懸命にポ語を第一言語にするように切りかえたのだろう。
 同記事で原田氏は「我々の恐れは、どうやって文化面を継承するかだ。例えば、私の子供は日本語の〃あ〃の字もしゃべらず、非日系の友だちしかいないが、日本文化を持っている」と断言し、日本文化を完全に切り離す訳ではなく、不思議な距離の取り方を披露した。
 やはりUSP法学部卒、母校で教職を執る渡部和夫元判事(72、二世)も三日に行われた商議所主催の国家移民審議会メンバーらに対する講演で、「戦前にはコロニアは存在したが戦後はなくなった。今ではブラジル社会に完全に統合した、ホスト社会の一部たるセギメント・ニッケイ(日系部分)になった」との考えを説明していた。
 これは、聖市の二世エリート層にかなり共通する考え方のようだ。
 ブラジル人エリート階層においては「コロニア」という言葉が、閉鎖的なイメージで使われていることを、彼らは敏感に感じており、「日系社会は閉鎖的ではない」と弁護しているともいえる。
 「ブラジル社会としてはそうあって欲しいと願っている」という部分を彼らなりに敏感に察知して、「それが実現されている」という言説をブラジル社会に振りまくことで、結果的にコロニアを守る役目を果たしているのかもしれない。
 日本語で母語形成された一世には、ポ語の微妙なニュアンスは理解できない。二世たちがポ語の思考パターンで考えた言葉を日本語に直訳して「コロニアは存在しない」と言われても、一世は納得できないことが多い。「閉鎖集団(キスト)としてのコロニアはない」といった方が、実際のニュアンスに近い。
 伯国地理統計院(IBGE)の史料によれば、一九四一年に日本人移民四百人の聖州入植を禁止するかどうかを議会で討論したとき、時のフランシスコ・カンポス法相はこう答弁した。「その卑しい生活のあり方は、国内の労働者との野蛮な競争の様子を表現している。そのエゴイズム、悪意、強情な性格をして巨大かつ、民族・文化的なキスト(異分子)をブラジルの最も豊かな地域に作っている」。
 この時、渡部氏はまだ五歳。ブラジル社会側から初めて「コロニア」という単語を聞いたとき、悪い印象の言葉と刷り込まれていてもなんら不思議はない。
 生来のブラジル人ですら難しいような、立派なキャリアを築き上げる過程で、二世たちはブラジル社会から見た〃日系人の代表〃というイメージを背負って見られ、「閉鎖性」を否定し続けざるをえなかった。
 自らがエリートになる過程でブラジル社会の権威に対し強い忠誠を持つようになり、結果的に、日本や日本的なものに距離を置くだけでなく、逆に、日系社会を過剰なぐらいに攻撃するような形で、伯国社会への忠誠を表現する心理行動が見られるようになったのかもしれない。
(つづく、深沢正雪記者)



「百年の知恵」=日系人とバイリンガル=多言語と人格形成の関係を探る=□第1部□日系社会の場合(1)

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