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南かなこさんの成長ぶりが観たい=里帰り公演を待つ人々=日舞、歌謡の先生たち=6歳の頃から指導=可愛がった祖母は他界したが

ニッケイ新聞 2008年4月11日付け

 【ロンドリーナ】日本で活躍中の日系三世歌手南かなこ(本名上野智恵美)さんのブラジル里帰り公演は、国内四都市で行なわれることになっており、かなこさんの出生地ロンドリーナでは五月二十三日、オウロ・ベルデ劇場での公演が決まっている。
 かなこさんは、ロンドリーナ中央植民地の平田利雄さんの農場で結婚した上野満夫さん、艶子さん(二世)の間に生まれ、三歳まではロンドリーナで成長した。一家がバンデイランテスの野村農場に移転後、同地文協の長谷川多喜子教師のもとで日本語を学び、お話大会、唱歌、日本舞踊に秀でた才能を発揮、六歳のとき、サンパウロに移ってからは、日本舞踊は花柳寿り翔さん、歌は島田正市さんの指導を受けた。
 ロンドリーナ公演を一日千秋の思いで待っている人のなかに、かなこさんの伯母稗田勝子さん(70)と夫の勇さんが居る。勝子さん宅を訪問して、上野一家の話をきいた。
 勝子さんの両親、上野正雄さん、千枝野さん夫婦は、長女勝子さん(当時23)、長男満夫さん(同19、かなこさんの父)、二男軍八さん、次女よし子さんを連れて、一九六〇年五月八日サントス着港のあるぜんちな丸で渡伯、パラナ州ローランジアの富松耕地、カンベの中川高地、ロンドリーナの平田耕地で就労、勝子さんは、中川耕地で稗田勇さんと結婚、ロンドリーナで二男二女を育て上げ、四人とも大学を卒業させた。四人はそれぞれ、立派な家庭を築いている。
 勝子さんの祖父にあたる上野鈴喜さんは、昔、福岡県の八幡で鉄工所を経営、民謡、詩吟、浪曲の愛好者で、先生級であった。勝子さんたちは、子供のころから祖父の唄声を聴きながら育ったという。
 母親の千枝野さんも佐賀県内の小学校では童謡歌手として活躍した経歴がある。
 千枝野さんは、晩年サンパウロではカラオケ教室に通い「唄いながら倒れたら本望だよネ」と口癖に言っていたように、加藤カラオケ教室で練習中に心臓発作で倒れ、二十日間の闘病生活のあと、〇一年三月三十一日、八十三歳で、長女の勝子さんに抱かれて息を引き取った。
 孫の智恵美さんが小林幸子の所属する幸子プロダクションに入ったのは翌年で、〇三年コロンビア・レコードからデビュー、デビュー曲「居酒屋サンバ」は、その年の日本レコード大賞、日本有線大賞それぞれの新人賞を受賞した。
 勝子さんは、「一番応援していた母がもう二、三年長生きしてくれたら、どんなに喜んだことでしょう。それが残念」と述懐している。
 勝子さんは、ロンドリーナ生長の家のコーラス部員六十人の中の最古参である。(中川芳則通信員)

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