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全伯の連合会からの祝辞

ニッケイ新聞 2008年7月5日付け

日系国際人の育成を
パラナ日伯文化連合会
会長 西森 ルイス 弘志

 ブラジル日本移民百周年パラナ州式典を無事に厳粛に挙行できましたことを祭典委員一同と共に心から喜び神仏に感謝申し上げます。
 大きな夢を抱いて、農業移民として渡って来られた日本人を温かく迎え入れてくださいました寛大なブラジル国に、また、慣れない仕事一筋に打ち込み、子弟の教育に情熱をかけて頑張って来られました、今は亡き先駆者の方々に謹んで感謝と敬意を表します。
 この百年間の歴史を振り返る時に、初期移民の方々は言葉の壁、習慣の違いを乗り越え、農業移民として、ブラジルの農業の発展に大きく寄与されました。そうした皆さまのご苦労のお蔭で、日系人は、今日では、この国で安心して生活し、あらゆる分野において、二、三世が活躍、ブラジルの発展に大きく貢献できるようになりました。これ偏に先輩諸氏のお蔭であり、感謝の心を新たにするものであります。
 六月二十二日にローランジアで行なわれたパラナ州百周年式典は、パラナ全土はじめ、日本、サンパウロ、マット・グロッソ、サンタカタリーナ各州、隣国パラグアイ、アルゼンチンからも出席をいただき、七万五千人が参加して盛大に挙行することができました。日本国皇太子殿下、ジョゼ・アレンカール副大統領、ロベルト・レキオン・パラナ州知事、母国日本より衆議院慶祝団、兵庫県慶祝団ご一行をお迎えしての式典は、実に感銘深いものでありました。
 これまで、ブラジルは、後進国と言われて来ましたが、二十一世紀に入って、広大な土地、豊かな資源を持った国として、世界から注目されるようになって参りました。特にブラジルは、アルコール生産、鉄鉱石、石油産業が盛んで、大豆、トウモロコシ、果実、肉類などの食糧の宝庫でもあります。
 地球上の多くの国々の食糧難が危惧されている今日、ブラジルは、農産物に余力があり、世界の人々の飢餓対策に役立つことができる国であります。こうした明るい光りが見える時に、私達日系社会が団結し日本移民百周年を無事、盛大に祝うことができましたことは、移民史の一ページに輝く素晴らしい出来事であります。
 この百周年を契機に、ブラジルと日本の関係は、ますます緊密になり経済、文化面での交流が活発化し友好が深まることでありましょう。パラナ州日系社会は、先輩の方々の遺志を継いで、国の明日を担う子弟の教育に力を入れ、優秀な日伯の架け橋となる日系国際人の育成を日系社会最大事業として、邁進して行くことを再確認し、誠に簡単でありますが、メッセージといたします。

 

不屈の信念をもって
南日伯援護協会
会長 鈴木 貞男

 広大なブラジルの国に戦前、戦後の厳しい世界情勢の中で、私たち日本移民を暖かく迎え入れてくれたブラジル官民に対し、心から感謝の念を表すと共に、ブラジルに「ありがとう」と申し上げます。
 こうして私たちが安隠と生活ができるのも、あまたの先輩移住者のたゆまぬ挑戦、苦難があり、ブラジル国の良き市民として認められた証のことと思います。
 今日ブラジルの官民、日本政府がこぞって百周年の祝いが盛大に行われていることに移住者として万感の思いが致します。
 記念すべきこの年にこれからの次世代のあり方を模索する良い機会になればと願わずにはおれません。世界の至る所で紛争が絶え間なく起こっていますが、この養国ブラジルではそうした懸念は微塵もなく、あらゆる文化の包容性に富んでいます。
 人権の共存・共栄を以って、ブラジルの発展に参加できていることを誇りに感じると共に、私たち移住者も新しい世界作りの一端を担っていることを自負する時期かと思います。
 時代と共に子孫も混血が更に進むでしょうが、私達の子孫はブラジル人となっても日系として見られることを背負っていかなくてはなりません。
 日本人の祖先から農耕民族の不屈の信念と、たゆまぬ努力勤勉の精神がブラジル国、延いては世界平和の貢献に繋がるよう望みたいものです。
 私たちの住む南伯地方は戦後の移住者が多いところです。急速な高齢化と世代の移り変わりが進む中で高学歴と日本への就労で日系社会の形態が変わってきました。
 色々と難しい社会問題も生じておりますが、巡回診療を通じて、予防医学や意思の疎通を更に密にして行かなければなりません。
 そして、生まれ育った子や孫たちのふるさと創りに真剣に取り組み、次世代への礎となることで、日本とブラジルの血の通った真の国際交流が構築せられん事を切に望むものです。

 

この百年は一里塚
南マット・グロッソ州日伯文化連合会
会長 小野 享右

 本年ブラジル日本移民百周年を迎えるにあたり、先輩の方々がことばに言い表せない艱難辛苦のいばらの道を歩まれて百年、今日の日を迎えられる私共の幸せは、感無量で、ことばに言い尽くせないものがあります。
 その先輩の方々の移住以来、いつも温かく迎えて下さり、今も国をあげて祝って下さるブラジルの国と国民の皆さんに、改めて心から感謝するものであります。
 ブラジルが近代国家として最も輝かしい発展を遂げつつある現在、この国家の興隆期に日系人もその進展に大きく貢献できたことを自覚し、また今後の役割と責任の重さを感じております。
 日系コロニアの現実も新進気鋭の人材が育ち、先輩の遺した大きな文化遺産をどの様に守るか、また発展させてゆくか。この百年を一里塚として、百年で成し遂げられなかった事業を、また百周年を原点として、新たな気持ちで二百年に向けて、日伯関係の発展と人材の育成に努力することが私共の務めであると自覚を新たにするものであります。

 

リオも立派な式典挙行
リオ日伯文化体育連盟
理事長 鹿田 明義

 一九〇八年六月十八日移民船〃笠戸丸〃が七百八十一名の移住者を乗せサントス港に着岸してから始まり、ブラジルに約二十五万人の日本人が入国しその殆どの人は農業者でした。
 初期の移民の方々は祖国を離れ、遠い地球の裏側で言葉、風習も異なる地で過酷な労働条件の下で働き、それを克服し今では百五十万人を超える日系社会を形成し、各分野でブラジル社会に貢献しています。
 この百周年に、リオデジャネイロ州ブラジル日本移民祭・日伯交流年実行委員会は名誉総裁にカブラル州知事、副総裁にリオ市長セーザル・マイア、在リオ日本国総領事福川正浩氏にリオ日系四団体、リオ州文化体育連盟、リオ日系協会、リオ日本商工会議所、文化協会に日本国総領事館の協力を得て種々行事を企画、実行してきました。
 主な行事は、「皇太子殿下がご臨席された市立劇場での日伯音楽祭」「ブラジル銀行文化センターでの日本展」「マリーナ・ダ・グロリアでの農産展」「ラゴア・ロドリゲス畔カンタガーロ公園内に百本の黄イッペー植樹・記念碑建立」「リオ州日本移民史編纂(日ポ両語)」「歴史博物館での武道展」などを実施しています。
 六月三十日に州議会で行なわれた式典でリオデジャネイロ州議員グラサ・マットス州議会第一秘書より、チラデンテ勲章を授与されたことは、私に大変名誉な事です。
 この名誉ある勲章は、私と共に力をあわせ協力して下さった皆さんのものです。皆さんが私を信じ、一緒に行動を共にしていなければ何も出来ていなかったでしょう。
 最後に、リオ州日系コロニアを代表して名誉ある勲章を授与して頂き、立派な式典を挙行して頂いた事を心から感謝申し上げます。有難うございました。

 

今後の日系社会の在り方
ブラジル中西部日伯協会連合会
会長 秋本 満敏

 ブラジリア連邦政府直轄区に於ける日伯交流年の催しは、六月十八日の日本人ブラジル移住百周年記念日(第一回移民船笠戸丸サントス港入港日)に皇太子殿下の御来臨を賜り、ブラジル連邦共和国ルーラ大統領、キナーリア連邦下院議長ご出席のもとに大統領府プラナルト宮、国会において実施され、その有意義性、重要性、日系社会のブラジル発展への貢献について謳われました。
 それは、正しく過去一世紀に亘ってブラジルに移住された二十五万人以上の日本人移住者とその子孫の努力、信頼性、真面目で勤勉な性格等を各々の行為により、ブラジル社会に忠実かつ素直に普及した結果と賜物であると云っても決して過言ではないと確信致します。
 従って、この「日本ブラジル交流年」の過去を語るに当り先駆者、既に帰らぬ人となられた先没者各位とそのご家族に対し心から感謝と敬意を表します。
 私達ブラジル日系社会では、現在までご活躍されている日本人移住者から日系六世までを含め、全国に百五十万人以上のブラジル日系人が居り、外国最大の日系社会を構築していますが、最近の二十五年間では覆すことが不可能な世界のグローバル化の中で約三十二万人に達するブラジル日系人が、日本に於いて「雇用機会」を求めて出向し活躍しています。
 地理的には日本から最も遠い国、ブラジル、も世界がグローバル化され、交通手段の発達により、その超距離を感じさせない現状と、日本の最近二十~三十年間の出生率、再生産率の著しい低下を踏まえると、ブラジル日系の日本に於ける「雇用機会」を求める出向は、終わりを知らない形で今後とも継続することは疑う余地もありません。
 従って、「日本ブラジル交流年」を契機に、今から始まる新たな百年(未来)の姿を描く事が「今後の日本~ブラジルの日系社会の在り方」について歩むべき道とその指針を編出してくれるものと信じ、又今私達が担わなければならない宿命を認識する大切な「時」であると思います。
 「日伯交流年」に臨み、過去と我々に偉大なる日本の文化、芸術、学術等無形資産を継承して頂いた先駆者、先没者に心から感謝すると同時に、日本人ブラジル移住時代から、日系三世、四世時代へと移り変わる日系社会の発展に不可欠な順応性、今後も継続されるブラジル日系人の雇用機会を求める日本への長期出向、移住と云う新しいアングルを熟慮しつつ、尚一層緊密かつ有効な日伯関係が活性化、強化されることを切望して居ます。
 客観的にその実態を、ただ、眺めるのではなく、日本とブラジルは相互的に最良なパートナーであることに確信も持って、積極的に当プロセスに参画し、目標達成に向って「全力投球」しましょう。

 

生涯忘れられぬ式典
ノロエステ連合日伯文化協会
会長 白石 一資

 サンパウロ市サンボードロモ会場に皇太子殿下をお迎えしての百周年歓迎式典は、ノロエステより参加した全ての日系人にとって生涯忘れる事のできない感動満ちあふれるものでした。
 移民のふるさとと呼ばれたノロエステでは、百周年を迎えて、開拓先没者に対する合同慰霊祭に始まり、三十一支部におよぶ各支部ごとの慰霊祭、それにあわせた様々な記念事業、エベント、祝賀行事、各文協の所在する市役所などの公共機関よりの表彰、等々が連日のごとく続けられております。
 ノロエステ連合の本部が所在するアラサツーバ市では、各宗教団体による合同慰霊祭が去る五月二十二日仕えられ、引き続き、生花、日本舞踊等の文化公演、最終的に弓場バレエ団による百周年記念公演が持たれました。
 さらに、六月二十九日、市内日本公園にアラサツーバ市役所の支援により巨大な大鳥居が完成、その落成式典を挙行、また、八月にはブラジル一と言われた一万人規模の百周年記念はっぴを着た踊り子さんによる百周年ノロエステ盆踊り大会の準備が着々と進められております。
 ノロエステにおける移民の歴史は、一九一五年八月十五日、ビリグイ駅より十八キロの山奥、アラサツーバ管内、下アグワリンパ区に鹿児島県人四家族、佐賀県人四家族が大密林を開拓すべく山入りをしたことにはじまります。
 以来、凄惨なる開拓の歴史を抱えつつも、今日の豊饒なる農業地帯となして参りました。真面目で勤勉、正直、教育熱心という日系人へのブラジル社会からの評価は、そのような歴史の中から築き上げられ、今日の百周年を迎えております。
 私たちは、今日までの開拓の歴史に鑑み、この百周年以降の日系社会を育て、大きく羽ばたかせていただきたいと念願しております。

 

日系としての誇りを永遠に
サンタカリーナ日系連合協会
会長 続 正剛

No ano que comemoramos o Centenaio de Imigracao , creio ser oportuno uma breve pausa para reflexao . Se hoje estamos felizes , vivendo uma ambiente de paz e tranquilidade , devemos muito aos nossos antepassados ( pais e maes ) que aqui vieram ha 100 anos atra, numa verdadeira epopeia , enfrentando toda sorte de adversidades , mas com muito sacrificio e tenacidade se fixaram e criaram raizes, que somos nos , os nisseis , sanseis , etc.
E o exemplo de honestidade , dedicacao ao trabalho que eles deixaram e um legado que nao podemos jamais esquecer , mas sim orgulharmos para sempre .

Seigo Tsuzuki

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