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百年の知恵=移民と「日本精神」=遠隔地ナショナリズム=第13回 NHK視聴者は2世中心=新「共同体」の創造へ

ニッケイ新聞 2008年8月7日付け

 NHKによれば、海外在留邦人を対象とした「NHKワールド・プレミアム」は今年四月時点で、ブラジル内において三十八万世帯もの視聴者がいるという。
 厳密にいえば、NHKを含む番組パッケージを契約している世帯数と考えられ、そのうちの何割が実際にNHKを視聴しているかは分からないようだ。もし、三分の一の世帯において平均二人が視聴していると仮定すれば、二十六万人が見ている計算になる。
 ブラジル在住の日本国籍者は七万人弱しかいないから、残りの約二十万人がバイリンガル二世層と推測できる。
 なぜ二十万人をバイリンガル二世層と仮定するかといえば、日本語が分からない非日系層は外国人向けの英語放送「NHKワールドTV」を視聴していると考えられるからだ。でも、そちらの方は、全伯で契約者数二百九十世帯しかおらず、NHK的には「ほぼゼロといってもいいような数字」という状態だ。
 日系人口百五十万人中の二十万人だとすれば、七・五人に一人が見ている計算になる。邦字紙を合わせても数万部しかない現状を考えれば、日系社会に最大の影響力を持つメディアは実はNHKである、といっても差し支えない状況だ。
 邦字紙の購読料の約三倍にもかかわらず、NHKは短期間に三十八万世帯もの契約者を取得できたのは、一世よりも経済的に安定している二世層が主たるマーケットだからだ。心細い年金収入に頼る一世の市場ではありえない。
 そして、テレビ媒体の特徴である、読み書きできなくても会話ができれば、おおよその内容が理解できるという特性が、バイリンガル二世にはうってつけだった。読み書きが必要な邦字紙には手は出ないが、日本について関心がある、というバイリンガル二世層が飛びついた。
 しかも、ブラジルのテレビ媒体の特徴である毎日放送されるノベーラに似た存在である「朝の連ドラ」まであり、その舞台は移民が日本を出た戦前戦後が比較的多く、親しみやすい。
 NHK衛星放送が始まる前、二世の多くは親が語る古き良き「故郷」や日本映画のイメージを、理想の場所たる日本=「想像の共同体」として思い描いていたに違いない。「朝の連ドラ」にみるヒロインや脇役たちの関係は、「故郷」のイメージに近いものがあるのかもしれない。
 都市なみの日系人口が、日本語という「限定性」の高いメディアを共有しながら、同じ時間を生きている「同時性」の感覚をはぐくんでおり、NHKの影響を受けた新しい「想像の共同体」が生まれつつある。
 外国籍者がこれだけの人数、日本語で視聴しているのは、世界広しといえど、ほぼ他にありえないだろう。
 しかも、NHKの番組は、移民や日系人の編集の手を経て日系人向けに作成された紙面や番組ではなく、日本の日本人向けに作られたものだ。外国人向けに作られた英語放送はわずかな世帯しかおらず、日本人向けが圧倒的多数を占める意味は熟考に値する。
 これは、かつて日本の国語教科書をブラジルの日本語学校で使っていたのに似ている。日本人としての考え方を自然に体得する国語は、外国人として育つべき日系子弟に相応しくないという論争が起き、コロニアでは外国人向けの教科書を編纂してきた歴史がある。
 グローバリゼーションが進展した現在、親が語らなかった部分の日本、もしくは親の時代には日本では起きなかった事件も、ニュースを通じて流れ込むようになった。かつて両親が担っていた以上の役割をメディアが担う時代になった。
 前節で「パパイ(父)は頭の中では日本にいるみたいだ」という二世の息子たちが気味悪がる感想を紹介したが、実は二世自体が感化されはじめている。
 ニュースやドラマが物語っているのは、単なる情報だけではない。背景となる「日本人的な物事の感じかた」「日本的世界観」も自然と見る者の心に流れ込んでいる。
 これだけ二世視聴者が集まった現象の背景を考えると、実は彼らにも「想像の共同体」の一員であることを確認したい欲求が強い、ということが言えるかもしれない。ポ語のできる二世がNHKを見る理由を、次節で推測してみたい。
(続く、深沢正雪記者)



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