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【特集 佐賀県人会創立55周年】佐賀県人会=旅順丸から 早や一世紀=県人会創立55周年も=母県と更なる交流誓う

ニッケイ新聞 2010年8月12日付け

 900人以上の日本移民を乗せた第2回ブラジル移民船「旅順丸」がサントス港に到着して、今年で百周年を迎えた。最初の県人移住者が同船で渡伯した佐賀県文化交流協会(吉村幸之会長)では、1日、会創立55周年とあわせ県人移住百周年記念式典を聖市の同会館で開催し、約350人が県人社会の礎となった先人の功績を称え、次世代の育成、母県とのさらなる交流に向け思いを新たにした。

 節目の式典に向けて、母県からは坂井浩毅副知事、留守茂幸県議会議長をはじめとする36人の慶祝訪問団が来伯。ブラジル側からも後藤猛領事や日系団体代表、日系政治家、同県諸富町の姉妹都市リメイラのシルビオ・フェリキス・ダ・シルバ市長、母親が佐賀出身の上田雅三連邦最高裁判事などが慶祝に訪れた。
 式典では会長、来賓あいさつの後、会と県、議会、慶祝団の記念品交換、県から日系団体への寄付などが行なわれた。県人会から歴代会長への表彰、副知事から85歳以上の40人への高齢者表彰もあった。
 歴代会長を代表してあいさつした江頭幸男さん(12代会長)は「亡くなった歴代会長、会の皆様の長年の協力のおかげ」と謝辞を述べた。
 高齢者を代表してあいさつしたのは、96歳の西原千代さん。「百年前に来た人たちは苦労したと思う。その方たちのおかげで私たちが苦労せずに暮らせる。たいへん幸せです」と感謝を表した。
 このほか、県から県系の前田農場、峰農牧社に功労企業表彰、県人会から同県に本社がある久光製薬、リメイラ市に工場を置く味の素社の2進出企業に協賛企業表彰が行なわれた。
 当日は国内各地から会員、関係者ら350人が駆けつけた。最後に研修生OBを代表して謝辞を述べた久保カーチアさんは、2000年に幼児教育を研修した経験を生かして日本語教師として働く近況を報告、現在休止中の研修制度再開に期待を表した。
 県歌「栄えの国から」を合唱して式典を終了。鏡割り、ケーキカットに続いて祝賀昼食会が催され、琴宮城会の演奏、県人会婦人部の健康表現体操、薙刀演武、慶祝団員による剣舞などが披露される中、最後のサンバショーまで、出席者の歓談する声が響いた。

祝辞=佐賀県副知事=坂井浩毅

 佐賀県人ブラジル移住100周年並びにブラジル佐賀県文化協会創立55周年記念式典が、多数の皆様のご参加の中、このように盛大に開催されますことを心からお喜び申し上げますとともに、86万佐賀県民を代表して、一言お祝いの言葉を申し上げます。
 御承知のとおり、今から百年前の1910年6月28日、60人の佐賀県出身者の方々が、56日間もの長い船旅の後、ブラジル・サントス港に到着されました。
 そして、その後も本県からのブラジル移住は続き、戦前、戦後を含め総計4千人以上の方々がブラジルに移住されました。移住された方々は、未開地の過酷な自然環境、不慣れな言葉、風習の違いなどから、筆舌に尽くしがたい大変な苦労を重ねられたと伺っております。
 このような厳しい環境にもめげずに奮闘された本県出身者の方々の御努力が、ブラジルで高く評価されていることに対し、同じ佐賀県人として、大変誇りに思っています。
 また、ブラジル佐賀県文化協会におかれましては、1955年に創立されて以来、ブラジル国全土に居住される佐賀県出身者等の親睦と交流を図るために様々な活動を展開され、ここにめでたく、55周年を迎えられましたことは、誠に慶賀に堪えません。
 これもひとえに歴代の会長様を始め、皆様方が「葉隠れの里・佐賀」という同郷の絆をもとに、心を一つにされ、御尽力された賜であると存じます。
 私個人といたしましても、1980年当時、県職員として、こちらの県人会建設に関する仕事に携わらせていただきました。
 今回、その会館に実際お伺いすることができ、また、この会館が皆様が集う場所となっていることを知ることができ、感激いたしました。
 さて、皆様のふるさと佐賀県の近況について、ご報告させていただきます。
 近年の交通通信網の急速な発展により、住民の活動範囲が市町村の枠を超えて飛躍的に広がり、広域的なまちづくりのニーズが高まりました。
 これを受け、県内各市町村で今後の地域のあり方について幅広い議論が行われた結果、市町村合併が進められ、2005年から2007年の約3年間の間に、当時49あった市町村が10市10町の20市町となり、新しい時代の変化に対応することができるようになりました。
 そのほかの県内の話題といたしましては、来年の春の九州新幹線鹿児島ルート全線開業に伴い、新鳥栖駅が開設されます。これにより、佐賀県が東京や大阪と新幹線一本でつながり、ますます便利になります。
 さらには、1998年に開港した佐賀有明空港につきましても、今年で開港12周年を迎え、当初2往復だった羽田便は、現在は4往復となっております。
 2013年までに、羽田便5往復を目指しており、皆様がブラジルからお越しの際、さらに便利にお使いいただけるのではと思っております。皆様方の佐賀へのお越しを心からお待ちしております。
 最後になりましたが、ブラジル佐賀県文化協会が吉村会長様を中心に一丸となって、なお一層発展されますとともに、会員、そして御家族の皆様方の今後ますますの御健勝と御多幸を併せて、ブラジル国の繁栄を心から祈念いたしまして、お祝いの言葉といたします。

第一回移民の子孫も駆けつけ=「祖父母のおかげで今がある」

 旅順丸で新天地への第一歩を踏みしめた15家族60人により始まった佐賀県人ブラジル移住の歴史。以来、戦前戦後を通じて約4500人の同県人が移住した。戦前移住者3556人は、都道府県別で18番目にあたる。
 移住者はコーヒー園の雇用農などを経て聖州、パラナなどで自立。ノロエステ線ビリグイ植民地で同県出身の宮崎八郎氏が日本人部代理人を務めたこともあって多くの県人が入植し、32年には同地で最初の県人会組織となる佐賀県海外協会伯国支部が発足した。
 戦後の県人移住は54年に再開。アマゾナス州ベラ・ビスタ、ロライマ州タイアーノなどアマゾン地域の移住地にも入植した。
 聖市では46年、宮崎氏を初代会長にサンパウロ県人会が発足。55年に全伯組織「在伯佐賀県人会」となり、66年に現在の名称となった。
 81年に現会館を落成。現在の会員数は約250家族で、エンブー、ロンドリーナ、バルゼングランデ、グァタパラなどに支部がある。
 式典当日は初代県人会長宮崎八郎氏の末娘、信江さん(79)の家族ほか、第一回県人移民の中西貞六氏の子孫もリオやロンドリーナから駆けつけ、祖先への顕彰に喜びの表情を浮かべていた。
 「教育には厳しかった」という父、八郎氏。子供の勉学のためサンパウロに移り、兄弟はそれぞれ農業、経済などの分野で大学を出た。信江さんは文部省留学生として東京大学で社会学を学び、サンパウロ大学教授を2年前に定年退職した。
 県人をまとめ、県人会の祖となった父親。信江さんは「知事たちが見えたら世話をしたり、いろいろと県人の心配をしていました」とその姿を振り返った。
 貞六氏はビリグイなどを経てロンドリーナに住み、86歳で亡くなった。長男金馬氏の息子で同地に住む三良さん(73)は、日本で暮らす息子のファビオ貞樹さん(39)らとともに出席。「祖父の名が呼ばれ、嬉しく、懐かしかった」と喜ぶ。
 末娘の赤坂・中西ふさ江さん(85、リオ在住)に代わりリオから出席した娘の赤坂ジルセさん(63)によれば、すでに五世も誕生し一族は200人以上。「祖父母がブラジルに来て、不安と困難と闘い、種を蒔いたからからこそ、今日の家族がある。誇りに思っています」と笑顔で話した。

歴代会長

【初代】 宮崎八郎
【2、5代】 井上健治
【3代】 牛草 茂
【4代】 城島慶次郎
【6、8代】 大塚 実
【7代】 前田常左衛門
【9代】 石井 満
【10代】 森 国博
【11代】 島ノ江次郎
【12代】 江頭幸男
【13、15代】 松尾末幸
【14代】 生野 肇
【16代】 井上 清
【17代】 辻 定男
【18代・現】吉村幸之

ごあいさつ=佐賀県議会議長=留守茂幸

 本日、ここに「佐賀県人ブラジル移住100周年・ブラジル佐賀県文化協会創立55周年記念式典」が、このように盛大に開催されますことは、誠に御同慶の至りであり、佐賀県議会を代表したしまして、心からお喜び申し上げます。
 ブラジルに移住された郷土「佐賀」御出身の先輩方は、故郷から遥か彼方のこのブラジルの地に、新しい可能性を求めて長く辛い船の旅に耐えて、たどり着かれたことと存じます。
 しかしながら、言葉もわからず、慣れない環境と厳しい自然に果敢にも立ち向かわれ、荒れ地や未開地と格闘されて来られたことは、まさに言語を絶する苦難の道だったと拝察いたします。
 その中で、故郷佐賀への想いを胸に、御家族や御同胞と心を一つにして、これらの難局を一つ一つ乗り切ってこられ、今や、ブラジル国民として社会・経済の発展に大きく貢献し、活躍されていることは、皆様方の御努力の賜であり、私達佐賀県民にとっても大きな誇りとするところで、ここに最高の敬意と感謝の意を表する次第です。
 さて、近年は我が県においても、社会経済情勢が大きく変化し、個人の価値観やニーズも多様化しており、インターネットに代表される情報通信産業の革命的な進展が、生活全般に大きな変化を与えており、地域社会のあり方にも大きな影響を及ぼし始めております。
 このような中、県民からは経済的な豊かさだけではなく、心の豊かさを兼ね備えた生活の質的充実が、県政に対して強く求められております。
 幸い本県には、全国に誇りうる豊かな自然や、歴史、文化や人材に恵まれているだけでなく、「人情産地さが」と言われるように、皆様方と源を同じくする「あたたかい心」が健在であります。
 私達県議会といたしましては、佐賀にしかないこれらの貴重な財産を生かしながら、古川知事とともに、地方自治の両輪として、故郷佐賀の発展に全力を尽くす所存です。
 どうか皆様方におかれましても、今後ともにブラジル佐賀県文化協会の下で、共に手を取り合い、力を合わせ、ブラジルの発展と、祖国日本、ふるさと佐賀との文化交流並びに親善の絆の強化、促進に御尽力、御協力を賜りますようお願いする次第です。
 終わりに、重ねて、本日の佐賀県人ブラジル移住百周年・ブラジル佐賀県文化協会創立55周年をお祝い申し上げるとともに、皆様方の今後ますますの御健勝、御多幸を心より祈念いたしまして、私のお祝いの言葉といたします。

ごあいさつ=ブラジル佐賀県文化協会=会長 吉村幸之

 佐賀県人ブラジル移住100年および、ブラジル佐賀県文化協会創立55周年記念式典を開催するにあたり、母県より坂井浩毅副知事、留守茂幸県議会議長さまを始め、一般慶祝団のご参列を賜り、この式典を祝えますことを県人会一同、感激と感謝の気持ちと共に厚く御礼申し上げます。
 当県人会は、佐賀県人としてブラジル社会にどう貢献していくべきか、同時に県系人の親睦・交友継続・促進には、中心となるべく県人会創立が必要との先輩諸氏の創意と願望で創立されたものであり、会員の支援と協力により、このたび55周年を迎えることができました。
 時代の移り変わりに伴う会員の世代交代はありますが、これまでの先輩諸氏の協力、貢献に感謝すると共に、さらに10年、20年を視野に入れた県人会存続のための再起点となる意義深い式典になる事を祈っております。
 そのためには、今後の会運営を担ってくれる次世代には、県人会の意義、日伯両国の友好、親善、ひいては母県との絆の大切さを理解してもらい、県人会の末永い存続に努力して貰いたいと願うものであります。
 母県よりの慶祝団一行、県人会会員各位、ご来賓の皆さまの益々のご健勝、ご多幸を祈念いたします。

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