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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第23回

ニッケイ新聞 2013年2月28日

 彼女は百クルゼイロ札を二枚だけ取り出して、残りは封筒のままブラジャーの中に挟み込んだ。
「ちょっと待ってて」
 テレーザはフロアで踊っている女性の一人を、大声で呼んだ。
「ソニア、ここへ来て」
 その女性も白人だった。髪は金髪というよりも赤茶けた色をしていた。その髪を後ろで束ね、ポニーテールが踊る度に揺れていた。
「何か用事」ソニアがフロアから答えた。
「ここへ来て。話があるの」
 テーブル席にやって来た。
「どうしたの」ソニアが聞いた。
 彼女の真っ赤な口紅が扇情的だった。
「彼、どう思う。私の恋人なの」
「素敵な彼ね。はじめまして」
 ソニアは児玉に握手を求めた。
「お願いがあるの、ソニア」
「なに」
「コダマが、あなたと寝てみたいって言ってるの。今晩、付き合ってやって」
「私のほうはいいけど……」
「じゃ決まりね」
 テレーザは封筒から出した二百クルゼイロを彼女に渡した。
「ここの飲み代は私が払っておくわ」
 テレーザはこう言いながらフロアに行ってしまった。
「コダマ、どうするの。まだ飲むの」
 児玉はとても飲む気にはなれなかった。テレーザは怒っているふうには見えなかったが、他の女性を紹介する彼女の感覚を児玉は理解できなかった。
「テレーザは怒っているのかなあ」ソニアに聞いた。
「どうして。喧嘩でもしたの」
 彼女は児玉の質問の真意を理解していなかった。児玉はフロアで踊るテレーザが気になり、結局飲み続けることはできなかった。ソニアを外に連れ出し、ラブホテルに直行した。
 テレーザの行動はまったく不可解だった。自宅のアパートの鍵まで与えて、週末はほとんど彼女の家に泊まり、恋人同士の関係だった。ソニアに恋人と紹介しているが、そのソニアとの仲を取り持っている。恋人とは単なるセックスフレンドで、金と割り切っているためなのだろうか。それならば鍵を渡したり、金を伴わないセックスなど拒否するはずだ。
 児玉が彼女に金を渡すのは、本当に恋人だと思われ、結婚などを口にされたら困るという思いからだった。児玉に対する彼女の態度は金銭を越えたものがあると、彼自身は感じていたが、それでも金を渡すことによって、客と女という関係にいつでも戻れるという安心感があった。
 テレーザは児玉のことを得意客と思っているのだろうか。それならば子供に会わせはしないはずだ。児玉はいくら考えても、彼女の気持ちは推し量り難かった。その夜、ラブホテルでソニアと寝た。ソニアは友人の恋人と寝ているなどという気兼ねは全く感じられなかった。
 金で女性を買っているという後ろめたさが児玉には常にあった。しかし、彼女たちには体を売っているという陰湿さは全くなかった。それどころか彼女たちに共通しているのは、セックスを楽しもうとする快活さだった。快楽には貪欲だった。精神的な繋がりよりも、時には肉体的な快楽そのものが二人を結び付けることがあるのかも知れない。児玉は何かにとりつかれたようにボアッチ通いを続けた。

カミングアウト

 小宮は鳥のさえずりで目を覚ました。南米最大の都市サンパウロには、いたるところに公園が設けられていた。小宮はアクリマソン区のアパートで新生活を始めた。彼はホンダの関連会社に整備士として働くことになっていて、アパートはその会社が用意したものだ。


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