ホーム | 文芸 | 連載小説 | 日本の水が飲みたい=広橋勝造 | 連載小説=日本の水が飲みたい=広橋勝造=(49)

連載小説=日本の水が飲みたい=広橋勝造=(49)

ニッケイ新聞 2013年11月26日

 迷彩色の軍服の二人の兵が乗ったジープが先行し、アナジャス軍曹運転の副司令官の車が続いた。半時間ほど舗装された道を快適に走った。
 まだ暗い早朝で、一台の車にも出合わなかった。まるで、この道があの世につながっているような変な錯覚に陥った。
「西谷さん、密林の中にこんな立派な道があるなんて信じられませんね」
「昔は酷い泥道でしたよ。今、渡った橋は覚えています。ポンテ・デ・スストと言う橋で、昔は一台の車がやっと通れる木造の橋でした。あの場所まで来ると、ベレンの街に着いたと安心した所です」
「ポンテ・デ・スストと面白い名前ですね。インディオの名前ですか?」
「いいえ、ポルトガル語で、ポンテとは『橋』の事で、スストは『びっくり』です。合わせて『びっくり橋』と云う意味です」
「ベレンに着いたと安心させた橋が、なぜ『びっくり橋』なんですか?」
「その意味が誰も解らなかったのですが、トメアスに居たころ、あの橋の下で大きな蛇が捕まったのです。それも、インディオもビックリするほど大きな蛇で、いわゆるアナコンダと呼ばれるクラスの大蛇でした」
「それで、びっくり橋と?」
「ええ、それで、名前の意味が分かりました」
「その大蛇は、ビックリさせて、寺門を守る『金剛力士』、つまり、ベレンの町の入口を守る『仁王』だったかも知れませんね」
「おっしゃる通りなんです。大蛇が捕まった後、この近辺で人が豹に襲われましてね。その後、絶対に大蛇を捕えないようになりました」
「(アナジャス軍曹は、今通ったポンテ・デ・スストを知っていますか?)」「(知っています。私が七、八歳のころ、あそこで大きな蛇が捕まり、それで憶えています。その後、小動物が増え、それを狙って豹や狼がはびこって大変だったそうです)」
「(そのころ、私はトメアスにいました)」
「(へえー、あのころトメアスにいたのですか)」
 アナジャス軍曹と西谷はお互いの共通点を見出し、急に親近感を抱いた。
「(父が言っていました。ジャポネス(ジャパニーズ)はなんであんな酷いトメアスの土地を選ぶのか? って)」
「(貴方の父が?)」
「(私の會祖父はこの辺りで初めてブラジル軍隊に入隊したインディオです。それから代々、父も私も軍隊に入りました。その父が言っていました)」
「(貴方の父の言ったことは本当でしたよ。私は三十年前トメアスを捨て、サンパウロに逃げ出てしまいました)」
「(三十年前と云いますと、私がまだ九歳の頃ですね。あの頃、マラリアで妹を亡くしました)」

image_print