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表彰式で優勝杯を掲げる藤田選手
表彰式で優勝杯を掲げる藤田選手

気球世界大会=日本人が初優勝の快挙=〃二代目〃世界のフジタ=藤田雄大選手が世界一に

 国際航空連盟(FAI、本部=スイス)が主催する『第21回熱気球世界選手権』が7月20~26日、聖州リオ・クラーロ市で行なわれ、藤田雄大選手(27、栃木)が58人中見事1位に輝いた。前回(2012年米国大会)の3位から躍進し、日本人初優勝という快挙を成し遂げた。

空に舞う当日の様子(ともに提供写真)

空に舞う当日の様子(ともに提供写真)


 競技者は上空の風を読み、着地点の正確さなどを競う。砂袋を落とし、目的地に最も近づいた者には千点が与えられ、離れていくごとに獲得点数が減少する方式をとる。
 58人が22カ国からエントリーした今大会に、日本からは藤田選手以外にも須江哲洋(24位)、上田諭(31位)、児玉義実(36位)、辻井誠明(のぶあき、53位)の計5選手が参加した。全23競技が行なわれ、藤田選手は合計17443点を記録。欧州王者として優勝候補だった2位のドイツ人選手(16216点)、3位の伯人選手(16064点)に大差を付け、見事、日本人初優勝を飾った。
 運営ボランティアとして来伯した西久保竜平さん(42、佐賀)は、大会前に来社した時、「前回優勝者が棄権するなど、日本人の上位入賞は十分狙える」との期待を口にしていた。とはいえ、まさか優勝までするとは思っていなかったらしく、大会後に連絡したところ、驚きを隠せない様子で、「(競技の出来は)かなり良かった。まさか日本人が優勝するなんて。日本人の初優勝に立ち会えて光栄です」と興奮した口ぶりで話した。
 「両親(父・昌彦さん、母・さとこさん)がともに気球の競技者で、彼はいわばサラブレット。今回も家族ぐるみで競技に臨み、表彰式で名前を呼ばれた際には、父親らチームメートが騎馬を作り登場した」と当日の雰囲気を伝えた。
 父・昌彦さんは日本人で最も世界一に近い存在として、『世界のフジタ』という異名を誇っていた。彼もその父を追うように熱気球業界へ。1歳で気球を初体験し、立教大学在学中の08年には学生初の日本代表に選出された。将来を嘱望される存在として出場した世界選手権豪州大会で7位、12年米国大会では3位となり、日本人で初めて表彰台に上がった。着実に実績を積み上げる中で、周囲の期待や父の後押しという〃熱気〃を受け、『世界のフジタ』という夢は舞い上がり、ついにブラジルで文字通りに実現した。

次回世界大会は佐賀市で

秀島敏行佐賀市市長

秀島敏行佐賀市市長

 次回の世界選手権大会が16年に佐賀県佐賀市で開催されるのに伴い、秀島敏行同市長ら関係者5人が24日に来伯し、大会旗の引継ぎを行った。28日までに秀島市長らは、姉妹都市である聖州リメイラ市を表敬訪問し、同市にある味の素の工場見学を行った。
 また、聖市文協の移民史料館、佐賀県人会館を訪れ、西山実同県人会長ら県人と交流を行った。
 秀島市長は「佐賀在住の上田さんの活躍に期待していたが残念」としながらも、藤田選手の優勝を喜び、西山会長らに次回大会の成功を約束した。

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