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ローマ使節を囲んで記念写真を撮った聖母婦人会のみなさん
ローマ使節を囲んで記念写真を撮った聖母婦人会のみなさん

ローマ使節が聖母婦人会に=Dマルガリーダ列聖申請で=具体化に向け打ち合わせ=専門の団体を発足へ

 戦中戦後に多くの同胞を救ったドナ・マルガリーダ(渡辺トミ・マルガリーダ、1900―1996、鹿児島)の列聖申請に向けた話し合いが、ローマ教皇庁の使節、イタリア人パウロ・ヴィロタさんを迎えて18日午前10時から、聖市セントロの聖母婦人会(安岡ローザ会長)で持たれた。約20人が参加し、熱のこもった質疑応答が1時間半に渡って行われた。

 「日系社会においてドナ・マルガリーダはすでにサンタ(聖人)だろうが、それを世界的に普遍化するのがローマの役割。列聖申請が通れば、数百年、千年経ってもその存在は忘れられない」。バチカン使節は聖人に認められる意義をそう強調した。
 「ドナ・マルガリーダを直接知っている人が生きているうちに、その人柄や業績を示す証言を文章にして残すことが一番大事。ブラジルではもちろん、日本でも彼女が特別な人物であることを証明する材料を多く集めるほど、ローマの審査で関心を呼ぶ」と助言した。
 父瀬尾武右衛門の時代からドナ・マルガリーダと繋がりの深かった安岡会長は、「父の所によく病人が相談に来た。彼女を通してセレスチーノ医師やサンタカーザ病院に紹介し、一生懸命に世話をしていた。家は貧乏だったが、そんな父を一度も母は責めたことがない。ドナ・マルガリーダは偉大な方だったと思います」としみじみ語った。
 列聖手続きの専門家、サンパウロ使徒教会法大学教授のエジソン・ルイス・サンペウ氏も「聖市の日系コミュニティは、聖人を持つだけの価値が十分にある」と語り、「時間はかかるが一緒に取り組んでいきましょう」と呼びかけた。
 畑中アリッセ前会長は「高齢者中心の聖母婦人会だけではこの運動を支えきれない。日伯司牧協会、救済会はもちろんサンゴンサーロ教会青年部、カトリック婦人会、カリタス修道会、フランシスカーナ修道会など多くの仲間と共に進める形にしたい」と提案し、イロタさんは「素晴らしい。そうあるべき」と称賛した。聖母婦人会を起点にしつつも、申請運動を目的にした「ドナ・マルガリーダ友の会」のような別団体を立ち上げ、会計もそこで管理する方向が提示された。
 日伯司牧協会の青木勲神父も出席し、「この運動が始まることは我々にとっても有難いこと。中村長八神父の列聖運動と相乗効果が生まれるのでは」と歓迎した。
     ◎
 ドナ・マルガリーダは太平洋戦争開始翌年1942年6月、政治経済警察から投獄された邦人指導者を支援するために聖市カトリック日本人救済会の活動を始め、43年にはサントスから強制立ち退きを受けた6千人以上の日本移民を救済した。あらゆる相談事が持ち込まれ、67年11月末までに延べ人数で6万1403人を支援したと同会記録にある。移民50周年(1958年)の機に「憩の園」を設立、聖母婦人会の創立者でもある。


■ひとマチ点描■出会いと別れが交錯


 ローマ使節との会議の後、聖母婦人会に6年半も参加してきた駐在員夫人の平澤恭子さん(57、神奈川)の送別会も兼ねた昼食会となり、約50人がにぎやかに会食し、充実したひとときを過ごした。夫の転任によりお別れとなり、同会から記念のアパレシーダ像が贈られた。
 平澤さんは「この会ですごく楽しい時間が過ごせた」とほほ笑み、「今の日本人より日本人らしいところがある。例えば福神漬けなどの漬物、巻き寿司は日本では〃買うもの〃だったが、ここで作り方を習った」と感慨深げに別れを惜しんだ。
 青木勲神父に連れられて暁星学園(東京都)時代の同級生・千葉幸博さん(64、神奈川)と田代茂さん(64、東京)も訪れた。千葉さんは「父が大使館勤務だった関係で、5歳頃から3年半リオに住んでいた。父は『もう一度ブラジルに行きたい』と言いながら亡くなった。その夢を叶えようと今回やってきました」という。二人は1週間滞在して帰国する。列聖申請に加え、様々な出会いと別れが交錯する会となった。(深)

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