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自伝小説=月のかけら=筑紫 橘郎=(19)

 入ってまずビールを注文。「何かおつまみは」とガルソンが聞く。奥地のフランゴ(若鶏)のから揚げを注文した。昼間の余りにも美味しい味に釣られたのである。でも、出てきたから揚げは、鶏は鶏でも鶏の味が違う。これが当たり前の味なのだ。
 グイグイ遣っていたら、ガルソンが遣って来た。「セニョール(貴方)はどこから来たか」と聞く。「サンパウロから来た」と答えたら、相槌打つ様にニッコリしていた。何を注文するかと聞く。今日は水曜日だから、あるいはフェジョアーダ(ブラジル名物料理)は無いかと尋ねた。ガルソンは夕食には無いと答えた。仕方ない(注=ブラジルの習慣としてフェジョアーダは毎週水曜日と土曜日の昼食と相場は決まっている)。ビールをもう一本といった。
 そこへガルソンがまたやって来た。「お客さん、昼の残りで良かったら有るよ」と来た。「おお、ついてるね、それを頼む」。こちらのフェジョアーダは幸い見事においしかった。
 さてホテルに戻り横になったが、中々寝着かない。今日の井出利葉家の家族に出会い、会話は日本の家族の現状を話したが、斜め前に座った娘さんの視線が妙に健康的で、眠気どころか眼が冴えるのが気になった。
 だがアルコールのせいで、いつしか眠り目覚めると日差しが見えた。手ばやく身の回りを整えてサーラ(食堂)へ。トーマカフェ(朝の軽食)を摂りながら、今日の予定を頭の中で整理していた。
 今日は、いよいよサンパウロ産業組合中央会ミランドーポリス農事試験場勤務の第一日目である。まず市内にある組合の事務所兼倉庫(地区支店)を訪ねた。六十歳位の頭の綺麗に禿げあがった人の良さそうな気品の良い主任(源)さんと組合本部理事の矢野さんの二人が、千年(ちとせ)太郎が来るのを今や遅しと待っていた。
 挨拶もそこそこに、試験場現場に直行する事となり、ジープに乗り込み、田舎道を走ること五キロメートルくらい。本当に田舎道である。その頃の農道は雨水が道の真ん中を流れるので、道は段々低くなり、両側が土手のように高くなり、草が覆い茂って両側が見えない。
 さすがの太郎も驚き、「果たして試験場があるのか」と疑い始めた。かれこれ三十分くらい経った頃、ジープが止まった。
「千年君ここだよ。着いたよ」
「エッ、ここですか。コーヒー畑ではないですか」
 外を見て太郎は二度びっくり。
「矢野さん、まさかここですか」
「そうだよ、ここだよ。これから、ここに養鶏試験場を君に作ってもらう。土地はどれだけ使って貰ってもいい。このカフェザル(コーヒー畑)は二十アルケール(五十ヘクタル)ある。君の好きなだけ使ってくれ。ただし、このコーヒーの木は、君がカマラーダ(現地使用人)を使って耕してください」
 これで太郎は三度びっくり。ひとまず広大なコーヒー畑(農場)をジープで巡回する事と成った。広々としており、高低の差が余りなく、ひとまず安心であった。
 小さなほっ建て小屋に止まった。中にはカマラーダ(現地日雇い人)らしい男が三、四人ほどいた。彼らは建設予定地内のカルビー(雑草刈り)をしている者達のようであった。
 これで一応一周りして来たようだが、野生のマモンが至るところに色づいていて野鳥のえさになっているようだ。そのほかトウモロコシ、マンジョウカ(イモ)等々が沢山あり、やはりブラジル農村の風景であった。

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