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自伝小説=月のかけら=筑紫 橘郎=(39)

 二人が降りると、待ち受けていた一人がうやうやしく、「さあ、こちらへ。お荷物は事務所にお届けして置きますから」と、まるで5つ星ホテルでボーイさんから丁重に扱われているような歓迎を受けた。
 エレベータで十二階の事務室へはいった所で、女性事務員が「どうぞ、こちらへ」と先導してくれ、応接室のドアをノックした。中から「どうぞ」との声。
 事務員がドアを開けて、道を開いたが、千年君がモジモジしている。すると、大きな机の前に座っていた紳士が立ちあがり、「さあ、どうぞ」とソッファに招いた。
 デカセギではなくて、まるで〃お客扱い〃ではないか。千年君はどうすれば良いのか、まごまごしている。そこへ、また別の紳士がはいって来て、「長旅、ご苦労様」と言ってソッファに座った。
 先の紳士は、「私が企画部長の木山です、こちらは里見専務です」と言って、二人の名刺をくれた。とっさに千年は、須磨子さんと立って「千年です」と頭を下げた。
「お疲れでしょう。楽にしなさい」と部長さん。
 千年が「あの~、私達は遊びに来たのではありません。仕事をお願いに来ました」とおそるおそる言った。
 「はい、解かっておりますよ。千年君、君は中々芸が出来るそうだね」
「いや。そ、それは、誰が」
「君の事は、ある人から、逐一話は聞いている。だから、うちで働いて貰うことにしたんだ。それでいつから働いてくれるかね。君の都合は?」
「ハイ、御覧の通り、今着いたばかり。ですから、一週間くらい暇を頂いて、故郷や知人に挨拶に行ってからではいけませんか」
「ああ、いいとも。それでは、ゆっくりして来なさい。その間に宿舎を用意しておきましょう」
 など話している間に、コーヒーとかお茶が出た。
「君の仕事の事は、旅から帰るまでに手配しておこう。しっかり、久し振りの里帰りを楽しんできなさい」
「それでは」と腰を上げた千年君に、「ああ、ちょっと待って」と専務さん誰かに電話していた。
 しばらくすると、女性事務員がお盆に何やら持ってきた。それを受け取り、「これは少ないが、旅先で何かうまい物でも食べて来なさい」と白い封筒を出された。千年はそれをおし頂いて、お礼を言った。
 専務さんが「ああ、荷物はここに置いて行きなさい。後で係りに宿舎に届けさせますよ」という。
 千年は二人で外に出た。
「ああ、良かった。会社の人は、僕達の関係を一言も聞なかった。助かったね」
「私はひやひやしてたわ」と須磨子さん。
 そしてビルの前の小さな公園のベンチに座り、先程の封筒を出して、中身を見て驚いた。一万円札二十枚、二十万円も入っていた。ブラジルを出る時は二千ドルしか持っていなかった。
 二人で野宿も出来まい。須磨子さんが「多少は持ってきた」とは言っていた。
 それにしても二人旅。「どちらに行きますか。取り敢えず、須磨子さんが話していた、横浜は戸塚家政婦斡旋所を訪ねて見ようか」と電車に乗った。
 だがもう薄闇が迫っていた。いたし方なく、千年は「今夜は横浜で安い宿でも探しましょう。明日は明日の風が吹く。何とかなるでしょう」と言った。誠に切なく、哀しい「こんなはずじゃなかったに」といった雰囲気が二人の間に漂う。まるでドラマを地で行く様子になりました。
 ところが須磨子さんが突然、「あなた。青森って遠いの?」と聞く。

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