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正念場にたつブラジル=五輪をバネに経済好転の兆し=7月20日=聖市在住 田中禮三

 一昨年来、石油公社ペトロブラス絡みのスキャンダルが、ブラジル政治・経済の中枢を揺るがす重大な事態を招いている。オリンピック前夜の現在、その後も乱気流の中を漂い続けるブラジルの状況をお届けする。


《1》ペトロブラス・スキャンダル

北東伯で今も人気が高い停職中のジウマ大統領(Foto: Roberto Stuckert Filho/PR)

北東伯で今も人気が高い停職中のジウマ大統領(Foto: Roberto Stuckert Filho/PR)

 ブラジル連邦警察が2014年4月に捜査を始め、「ラバジャット作戦」と名付けられたこの事件は現在も捜査が続いており、今、捜査32段階にある。これまでに捜査線上に浮かんだ容疑者は政財界で100名を超え、400億レアル(1兆2千億円相当)が黒い金として動いたと言われているから、世界でも類を見ないスーパー汚職事件だ。
 逮捕された容疑者の大半が既に有罪判決を受けて服役しているが、興味深いのは、Delação Premiada (デラソン・プレミアーダ=減刑報酬付き告白制度)により、新たな犯罪や、それに拘った人間が次々と判明し、次の捜査段階に進む事で、事件の裾野が日毎に広がって行く事だ。
 現段階で有罪判決を受けているのは企業トップが殆どで、例を挙げれば、ゼネコン最大手のオブデレヒト社の社長は懲役18年の判決を受けた。彼は減刑を得るために投獄一年後から告白を始め、汚職のカラクリや、関わった有力政治家の名前が次々に出てくるので、脛に傷を持つ政治家は戦々恐々の毎日だ。
 政界の容疑者は、一部を除き政治家特権により逮捕は免れているものの、政党党首、上下院議長など政界のボスが次々と容疑をかけられ、労働者党のカリスマ前大統領ルーラも、外堀がほぼ黒く埋まりつつあるのが実態だ。
 現時点までは、政治家、実業家ともに、そのトップが捜査の対象となって来たが、既に、二番手、三番手、そして、マネロン(資金洗浄)に携わった銀行や、電力公社、原子力公団の汚職にも捜査の手が及んでおり、スキャンダルは今後も更に広がりそうだ。
 今までブラジルでは、政治家や経営者が有罪となり投獄される事が殆どなかった事から、今回の連邦警察と司法当局による徹底した汚職撲滅オペレーションは、市民から圧倒的な支持を受けている。
 この汚職事件以外にも、州政府、市役所絡みの汚職も次々と摘発されており、古くから汚職にどっぷりと浸かって来たブラジル行政/立法領域に一石を投じつつある事は間違いない。
 それにしても、これらの捜査に取り組む連邦警察と司法当局の真面目な努力、そしてブラジルのメディアの頑張りには脱帽だ。政治的捜査妨害工作や、日常的な脅迫にもひるむ事なく、こんなにも一生懸命働く〃正義の味方集団〃がブラジルにも居たのかと驚くと同時に嬉しくなる。

《2》ジルマ大統領罷免、テメル暫定政権の誕生

テメル大統領代行(Foto: Beto Barata/PR)

テメル大統領代行(Foto: Beto Barata/PR)

 五月にPT(労働者党)のジルマ大統領の罷免案件が下院議会で承認されて上院に送られ、連立政権を組んでいたPMDB党(ブラジル民主運動党)のテメル副大統領が暫定政権の大統領に就任した。
 大統領が正式に罷免されるには、上院の弾劾裁判で罪を犯した事が証明される必要がある。ジルマ大統領が「財政責任違反」に問われているのは、議会の承認無しに国家予算を超えて歳出を増やし、巨額な支出増を公的銀行の融資で隠したなどの罪状だ。
 過去の政府においても、この様な国家予算操作は繰り返し行われており、本来なら罷免の対象事項とはならなかったが、不景気、インフレ、失業、レアル下落など経済の急激な悪化に伴い、国民全般から厳しい審判を受けていた矢先に、PMDB党の策略にまんまと陥って大統領の座を奪われたと言うのが実情だ。
 今回の一連の騒動で、過去14年間ブラジルの政治を司り、一時は80%を超える支持率を誇っていたPT(労働者党)は失墜し、解党の極みに直面している。
 テメル暫定新政権だが、発足間もなく新任大臣の内、三人が汚職疑惑で辞任を余儀なくされた。PMDB党所属議員の相次ぐ汚職疑惑(上下院議長を含む)等もあり、世論調査による支持率は十数パーセントに低迷する等、困難な船出となった。
 元中央銀行総裁のメイレーレス氏を財務大臣に任命、大幅赤字に陥った国家財政の立直しと、経済回復を重点課題として取り組み始めた。
 主な経済再建政策としては、
(イ)歳出を前年のインフレ率以下に抑制する。
(ロ)年金制度改革。
(ハ)20億レアルをソブリン基金から償還。
(二)BNDS(国立社会開発銀行)から1千億レアルを国庫に払い戻す、等を挙げている。
 2018年の大統領選挙まで、2年半の任期中にブラジル経済を正しい軌道に戻せるかどうか、余談は許されないが、既に幾つか良い兆候が現れ始めている。レアルと株価の大幅上昇だ。
 この背景には、新政権が来年度の財政赤字を大幅に圧縮すると発表し、市場が評価した事にある(今年の財政赤字1700億レアルから1400億レアルに圧縮する)。
 正式に発表されてはいないが、新政府は、ブラジルのボトルネック(ビンの首=制約)となっている未整備なインフラ事業(鉄道、道路、港湾等)を、PT政権時代の政府の紐付き民営化ではなく、本格的に民間に開放する模様だ。
 また、7月19日には、IMFがブラジルの今年の経済成長率をマイナス3・7%から同3・3%に、来年度を0%からプラス0・5%に上方修正したと言うグッドニュースが飛び込み、徐々に新政権の経済政策が評価されつつある。
 筆者の友人の事業主も、事業計画が立てられると前向きになっているし、確かに町中の人々の表情が明るくなり、落ち着きを取り戻しつつある様に感じる。

《3》ブラジルに再び光は射すか

 どん底の経済状態に油を注ぐかのごとく、政情不安が重なり、お先真っ暗と言うのがブラジルの現状だ。だが、世界地図を広げてブラジルを眺め直してみると別の姿が見えて来る。
 ブラジルには、天災、国境紛争、宗教や人種差別問題、貿易摩擦、テロなど、現在世界を揺るがしている心配事は何もない。豊富な労働力、深海石油を含むあらゆる鉱物資源に恵まれ、亜熱帯性の肥沃な国土があり、しかもその僅か10%しか農業用地として活用されていない。にも拘らず、食料品は安価に街に溢れ、北米に次ぐ世界第2位の穀物輸出国でもある。
 品質・コストはともかく、あらゆる工業製品が国産化され、内需主導型経済が安定的にしっかりと構築されている。
 そして、最も重要なのは民主主義が定着している事だ。こうして見ると、現在ブラジルが遭遇している混乱は、政治に端を発した一過性の国内騒動に過ぎない事が見えてくる。
 過去に、軍事政権、ハイパーインフレ、膨大な対外債務問題等、より深刻な問題を乗り切って来たブラジルゆえに、今回のスキャンダル騒動で政治と金の問題に対する国民の目が厳しくなった事もあり、新政権の下で経済が一度回復基調に戻れば、潤沢な資金を溜め込んでいる民間企業は投資に向い、外資の流入ともあいまって、再び好循環経済に戻るに違いない。

《4》リオ・オリンピックと治安

五輪警備のために投入される精鋭部隊(Foto: André Borges/Agência Brasília)

五輪警備のために投入される精鋭部隊(Foto: André Borges/Agência Brasília)

 七月に入りブラジル各地を巡る聖火リレーや、会場の進捗具合などが報道され始め、徐々にオリンピックムードが高まりつつある。50万人の観光客が訪れ20億ドルの経済効果が見込まれると言うから、ブラジルが元気を取り戻す絶好のカンフル剤だ。
 ブラジルで国際的なビッグイベントが行われる際、いつも準備不足が直前まで心配されるが(2014年に行われたサッカーワールドカップも同様だった)、例の「Jeitinho Brasileiro」(ジェイチーニョ・ブラジレイロ=ブラジル流のドタバタで直前に解決する方法)で乗り切ってきた〃ブラジルの伝統〃がある。
 リオ・オリンピックも様々な問題が指摘されているが、無事に挙行され、元気なブラジルの姿を世界中に発信してもらいたいものだ。
 国外で大きく取り上げられているジカ熱の脅威も、北東伯地域以外に住むものにとっては深刻な問題とはなっていない。
 ただし、唯一心配なのはテロだ。テロ集団にとって、世界の祭典であるオリンピックは格好の舞台だ。当局は、警察、軍を9万人動員して厳重な警戒態勢を敷くと言っている。だが、欧米諸国と比べてテロ対策の経験は少なく、また、リオは世界でも最も犯罪の多い都市の一つであり、テロ行為に必要なあらゆる武器弾薬類は、麻薬マフィアルートで簡単に手に入る土地柄だ。
 また、ブラジルにはアラブ系の住民が多く、最近の欧州で頻発しているテロ事件の様に、「一匹狼」によるテロ行為を考えると、外国からテロリストを送り込まなくても現地調達が可能だからだ。
 新政権による経済政策が奏功し、リオ・オリンピックをスプリングボード(バネ)として、一日も早く、一昔前の元気なブラジルに戻って欲しいものだ。(ブラジル短信のバックナンバーは下記ブログにてご覧頂けます。http://reizotanaka.blogspot.com.br

田中禮三
【著者略歴】本田技研(株)に勤務し、南米や欧州にて三十数年を過ごし、定年後はサンパウロ在住。

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