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ブラジルにとって五輪よりも大切なことは

「アングラ・ドス・レイスで聖火が消された」と報じるテンポ紙28日付電子版

「アングラ・ドス・レイスで聖火が消された」と報じるテンポ紙28日付電子版

 24日、オーストラリア代表選手団が五輪選手村マンションに入居しようとしたら工事が未完――電球なし、電気なし、物置部屋がゴミの山、水漏れなどが各部屋で発見され、入居を延期した。その批判を聞いてムカッときたリオ市長は「彼らが自宅でくつろいでいると感じられるようカンガルーを置いといてやる」と問題発言。それに関し、経済評論家ミリアン・レイトンは26日朝のCBNラジオで「Morreu na praia」と評した▼直訳すれば「海岸に死す」だが、意味は「難破船から逃げた遭難者が死ぬような思いで、泳いで泳いで、なんとか海岸に辿りついた途端、力尽きて死んだ」というもの。「目標達成の寸前に失敗」を表現する言葉で、彼女に言わせると、7年がかりで準備してきたリオ五輪は「開幕目前に死んだ」らしい▼加えて27日、聖火リレー隊は最終地点リオ州に入ってすぐのアングラ・ドス・レイス市でデモ隊と衝突し、あろうことか聖火が盗まれ、さらに消されたとの報道(テンポ紙28日付電子版)や、その時のものらしき映像までネットに溢れている。実に不穏な「幕開け一週間前」だ▼思えば、ブラジル経済自体が「海岸に死す」だった。五輪誘致が決定した2009年の国内総生産は、前年の世界金融危機の影響を受け、世界8位で成長率マイナス0・2%だったが、翌10年は7・6%成長を実現してBricsの面目躍如、7位に浮上した▼その勢いでジウマ政権初年の11年は3・9%成長(6位)まで急上昇。12年は1・8%で7位、13年は2・7%で7位、ペダラーダ(粉飾会計)までして14年は0・1%で7位を維持。しかし五輪目前の昨年はマイナス3・8%で9位に沈没、まさに「海岸に死す」を地で行く展開だ▼その昨年末からリオ州政府は財政難が顕在化し、公立病院でガーゼや包帯を買う金がないとの報道が出始め、消防士や警官の給与遅配まで本格化した。3月からは大統領罷免運動が本格化、5月には下院議長も停職となり、国を挙げて「五輪どころではない」という雰囲気が蔓延した▼その結果が、本紙20日付2面にある「リオ五輪=ブラジル民の半数は開催反対?=3年前から倍増=醜態さらすなと危惧する声」の記事によく表れている。このダッタ・フォーリャ社が開幕2週間前に発表した調査では、「五輪開催に反対」と答えた人が50%もおり、13年6月の25%に比べて2倍になったという▼追い打ちをかけたのは、本紙28日付2面の記事だ。別の世論調査会社IBOPEでも、「リオ五輪はブラジルに利益と損失のどちらをもたらすか」の質問に60%が「損失」と答え、「利益」の32%を大きく上回った。後者の調査で、五輪に対する国民の思いを質問した項目では「氷のように冷え切っている」がなんと4人に1人、24%に及んでいたことは注目に値する▼2大調査会社が同じ傾向を示している事実は重い。おりしも五輪の真っ最中に、連邦議会では汚職疑惑を抱えるクーニャ前下院議長の議席剥奪審議が結末を迎え、大統領弾劾裁判も始まれば五輪閉会式の前後には最終判決がでる。これは共に、サッカーW杯の前年に国民が街頭で始めた抗議活動の成果であり、罷免が決まれば、これこそが「民主主義の金メダル」といえる▼五輪でお祭り騒ぎをしている間に、連邦議会では捜査をやりにくくする法案が審議されそうな情勢だ。こちらは「海岸に死す」ではいけない。国民は今、五輪よりも重大な歴史的政治プロセスの真っ最中だ。次回開催地の東京が、今のブラジルから何か学べるものがあるとすれば、そんな「国民の気付きと行動」ではないか。(深)

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