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統一選挙で変わるかブラジル=新人ドリア登場で見えた一条の光=駒形 秀雄

ドリア氏(By TinaBornstein (Own work), via Wikimedia Commons)

ドリア氏(By TinaBornstein (Own work), via Wikimedia Commons)

 「暑いですね」「いや、また寒くなりましたね」こんな事を言っているうちに9月も過ぎ、10月2日ブラジル全土で統一地方選挙が行われました。
 この選挙は私達の市町村の首長や議員を選ぶ身近な行事なのですが、あまり大きな話題にもならず、いつの間にか始まり、そして終わったという感じでした。
 この『静かな選挙』の理由としては、今回から実施された選挙運動期間の45日への短縮、候補者に対する企業からの献金(寄付)の禁止などが挙げられています。
 一昔前は金のかかる宣伝材料を配ったり、広告ポスター、宣伝車が走るのを見る機会が多かったのですが、今回はそれが殆どありませんでした。
 それらもあって、あまり盛り上がりが無いように感じられたのかも知れません。口の悪い人に言わせると『FALTA DE DINHEIRO(カネが無くなったのさ)』とのことでした。
 それはさておき、私達の医療、子や孫などの教育に直接関係する市の施策はどんな人の手で、どのように実行されるのでしょうか? そして又、これからの地方政治はどっちの方へ進んで行くのでしょうか? 
 選挙の結果も見ながら、皆様とご一緒に検証してみましょう。

▼強欲政治に〝NO!〟

 今回の『2016年選挙』の結果には今までと異なる二つの大きな特徴が見られます。
 その一つは、《長年この国の政治を支配してきた勢力―PT(ルーラ、ジウマの一派の労働者党)の凋落》です。
 もう一つはますます目立ってきた『選挙に参加しない』人達の増大です。ブラジルでは選挙に参加することは『義務』とされているのですが、それでも投票に行かない人、また、投票所には行っても白票や無効票を投ずる人が多数になったのです。
 これを22州の州都についてみると、サンパウロ、リオ、クリチバ、ベロオリゾンテなど10もの州都で、この無効票の数がその都市で一位で当選した人の得票数よりも多いのです。サンパウロ市長の例で見ると、この無効票の数は309万票で、一位で当選したドリア候補の308万票を上回っています。
 この様に政治に参加しない人達は「どうせ政治など誰がやっても同じこと、代わり映えしない。泥棒みたいな奴等に投票などしちゃ居られネーよ」と話しています。
 さらに、PTを中心とする今までの政権担当党勢力の大幅後退も今回選挙の特徴です。PTはサンパウロなどの主要都市での市長席を失い、州都所在地では比重の薄いアクレ州リオブランコ市一市のみ獲得、後は全滅となりました。
 サンパウロ州では従来PTの地盤とされていたグアルーリョス、カンピーナス、サンベルナルドなどの有力市が軒並み離反で、全国の市長の数では従来の党派別の3位から10位に下がりました。結果はその不人気ぶりを証明する事態となっています。
 これに比べ今回勢力を伸ばしたのは今まで野党であり(利権に関与が薄かった?)PSDB(アエシオ、アルキミンなどの社会民主党)です。
 前回の695首長から今回800市長を獲得し、かつ、獲得したのは人口の多い大都市が多いので、その勢力圏は前より45%増の3800万人と計算されています。これは2年後の大統領選挙へのPSDBの大きな足場、追い風となることは間違い有りません。
 なお、市長獲得数の一位は従来通りPMDB(テーメル現大統領の居る民主運動党)で951都市を傘下に収めております。
 この様に政治離れや反PT気運の増大にはいろいろな説明が考えられますが、大まかに言って ★既存の政治方式への反感
★ラバ・ジャット不正摘発で示された悪徳政治家への選挙民の怒り
―が大きな要素でしょう。ルーラ、ジウマ政権では何百万という巨額のカネが政界に流れており、「何だ、政府は庶民の味方、困っている人達を救うと言って置きながら、実際は自分達の懐を肥やし、自分達だけがうまいメシと食って居たのじゃないか。コン畜生!」です。
 さらに、数年前から景気後退があり、昨年などは経済のマイナス成長であったのに、これに何の有効な対策も講ぜず、上っ面だけ綺麗ごとを並べ、資料もない一般市民をだまして、不況、失業の苦境に追い込んでいたのです。
 「俺たちの金を盗んで偉そうにしている政治家にはもうウンザリだ。新しい人に新しい風を、そして新たな光を射し込んで貰おう」これが前PT政権への「2016年選挙」での市民の回答といえましょう。

▼サンパウロの勝利

 もともとサンパウロはブラジル一の強い経済力があり、高学歴者の多いこともあって、社会主義的原則をうたうPTや共産思想に批判的な人が多い土地柄です。今回の選挙では政治家立候補ははじめてというドリア(JOAO DORIA JR.)氏がPT現職のハダジ氏を圧倒的な得票差で破り、一回で当選を決めました。
 ジョン・ドリアは政治的にはあまり知られてなく、選挙戦の始まった8月中旬にはその支持率は5%程度、多くの他の候補者の後塵を拝していたのです。
 それが選挙期間が過ぎるにつれてアレヨアレヨと支持率を伸ばし、投票直前の世論調査ではついにトップに踊り出たのです。そして10月2日投票箱のフタを開けてみると、これはビックリ、別表の通り、2位につけたアダジ市長の3倍強、308万票を得て堂々の当選を果たしたのです。
 日本で話題になった小池百合子東京都知事の得票、290万表を上回ったのですから、ご立派と云うほかありませんね。
 この勝利を支援したPSDB幹部、サンパウロ州知事のアルキミン氏、副市長[候補]のブルノ・コーバスなどが大喜びしている姿がTV、新聞などで報道されていましたね。
 ドリア氏の勝因としてはアルキミン知事の強力支援や、それによる党派連合の形成、最長選挙放送時間の確保などが挙げられています。
 さらに、「自分は旧型の政治屋ではない。組織の運営者だ」との新人らしい売込みの成功も指摘されています。
 しかし、この成功の一番のポイントは=サンパウロの有権者が従来の政治家のやり方にウンザリしていた。ドリアの様に実業家で経営者の面を持つ人の清新さが歓迎された。それに更にTVなどでマスコミに知られていた同氏の顔が貢献した、などが言えるのでないでしょうか。

▼ドリアさんってどんな人(?)

 ドリアってどんな人?――今まであまり知られてなかった人なので気になるところです。
 1957年2月サンパウロ生まれ、58歳の働き盛りです。来年1月から人口1125万人、有権者888万人、経済規模(PIB)がチリ並のR$5700億のサンパウロの市政を担うことになります。
 現在の彼の肩書きは多彩で、企業家、ジャーナリスト、キャスターなどとなっており、選挙中の売り出しスローガンでは『私は政治家ではない。実務遂行の経営者(アジミニストラドール)だ』でした。
 そして選挙運動ではドブ板作戦で他候補が行かないような周辺部の町々を歩き、庶民と一緒にコッシーニャを食べ、肩を組んで話をしました。
 この「手垢に汚れた政治家ではない。皆と同じ働く新人だ」という清新さが、古い政治家のゴタゴタに飽きていた選挙民の気持ちを捉えたと思われます。
 市長現職のアダジ、元市長のマルタ、エルンヂーナなどの有力候補を大差でしかも一回目の選挙で破ったのですから大したものです。
 ドリアの父親はバイア州の議員だったのですが、1964年の軍部革命で追われ、フランスに亡命しました。そのため、息子のドリアも一時パリに住み、その後、英国の大学でも学んでいますので、欧米先進国の生活も身を持って経験しているわけです。
 ブラジルに帰ってからは幾つかのテレビで司会を務めたり、自分で広告、宣伝の会社を創設したりし、また、LIDEと云う名の企業家連合を組織したりもして知名度を高めています。
 さらに、その能力と経験を買われ、サンパウロ市の観光局長、連邦の観光公社EMBRATUR総裁なども歴任しています。
 政治界の経歴としてはPSDBに所属、今回の選挙ではアルキミン知事の支援を受け、また、故マリオ・コーバスの子息、ブルノ・コーバスを副市長候補に迎えて体制を固めています。

▼ドリアで何が変わるか

新人、実業家ドリアの市政登場で、サンパウロ市はどう変わるのか、市民の期待は高まります。まだ、市長に選ばれたばかりで正式に就任はしていないの当然諸政策の発表はありませんが、選挙中の約束も含めていろいろな新方針が言われています。すなわち――
★自派はもちろん、選挙の際の競合派も取り込み全市民参加型の明るい市政を行う。汚職、コネによる便宜供与などを許さないよう、チェック機能を持たす。
★市組織を合理化し、現在の27の局(SECRETARIA)を20に集約する。各地にある区役所にもっと独立性を持たせ、市民がその住んでいるところで手続きなどが出来るようにする。
★市有施設の民営化、効率化をはかる。パカエンブー球場、アニェンビー展示場、インテルラーゴ競走場などもその対象とする。その他、マルジナル高速道の時速制限を元に戻す。医療体制を改善する。保育所、学校の改革、など多数あります。
――が、これらは又、別の機会に検証することに致しましょう。
 願わくば、以上の施策のほかに、治安の改善策も講じて頂きたい。一般市民がもっと安心して街を歩き、自分の家に住めるような環境を作って貰いたい。
 治安改善をスローガンにしている大田議員を要職に起用するなどして、このサンパウロをもっと住み良い街にするなどはどうでしょう。いつ強盗に襲われるか、ビクビクしながら生活する街などは異常だということに気付いて貰いたいものです。
 何はともあれ、民間出身で庶民感覚、国際感覚もある新市長の登場は、寒くて暗い雰囲気のこの街に何か一条の光をもたらすかの感じです。皆で希望を持って、より良いサンパウロ、ブラジルを築いていくようにしたいものです。

▼ガンバル日系議員

(左から)野村、羽藤、太田3氏(サンパウロ市議会サイトより)

(左から)野村、羽藤、太田3氏(サンパウロ市議会サイトより)

 ここでちょっとサンパウロ市の日系議員の様子をのぞいて見ましょう。今回サンパウロ市議会、定員55議席に対し、日系議員は26-―27人立候補しました。この中見事当選を果たしたのは別表の通り4氏で、いずれも現職または議員である肉親の地盤、カンバンを受け継いだ人達です。
 サンパウロ東部地区の太田正高(PSB)さんは沖縄で生まれ、1才でブラジルに渡り帰化しています。自分の経験から犯罪撲滅、治安の強化に力を入れて、地域社会の支持を得ています。夫人のケイコ議員と共通地盤で悠々当選です。
 野村アウレリオさんは故父が連邦議員で、日系社会では広く知られた方です。サンパウロ中南部に固い支持層があり、これで5期目となります。所属政党PSDBも追い風になりました。
 羽藤ジェオルジ(PMDB)さんは若いイケメン医師で自身の支持層のほか、父親の羽藤ジョルジ州議の全面支援を受けています。これからの活躍が期待されます。
 日系市議でトップの票を集めたのはゴウラルト・ハヤシ・ロドリゴ氏(PSD)さんで市議会でも日系社会でも新顔でしょう。31歳の若さです。父ゴウラルト議員の支持者などから全面支援を得たと思われます。ハヤシというのは母方の姓だそうです。
 元市議の神谷さん、故パウロ議員の後継者小林ビットルさんは一万票以上を集めたのですが、残念、議席に届きませんでした。
 サンパウロ市から議員に選ばれるには2万ー3万票を集めないと無理です。日系だから、誰か日系が投票してくれるだろう、と昔式に考えても、今はあてが外れます。
 2万ー3万と一口で言っても、文協の講堂がいっぱいで千数百です。この20杯くらいの票を得ないとならないのですから、そう簡単ではないことが分かります。
 選挙期間、資金の規制が厳しくなったこれからの選挙にはポッとでの新人には険しい道が待っています。大きな団体、学校、宗教などの支援を得るか、あるいはドリア氏の様にマスコミに出て広く顔を売るか、それが勝つための早道でしょう。日系議員諸氏、また、これからの候補者の御活躍を祈りましょう。(komagata@uol.com.br)―完―

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